ボーカル補正で可能なこと、不可能なこと

A few notes from Vocal-EDIT.com

近年、ボーカル補正は音楽制作における一般的な工程となりました。しかし、補正時には操作できる要素と、現在の技術をもってしても操作できない(あるいは困難な)要素があります。

また、ボーカル・トラックには、演奏者の技量を暗示する複数の要素が存在します。それら要素をどの程度まで自然に操作できるかは、他の要素とのかね合い…あるいは「要素間に矛盾が生じないか」により決まる部分があると考えられます。

時間の制約などにより完璧な演奏が望めない場合、レコーディング時には補正が困難なポイントを積極的に押さえ、補正可能なポイントは編集者にゆだねることも、最終的により良い録音物を作る上で妥当な戦略です。

以下では、編集作業により補正が可能なポイント、不可能なポイントとともに、具体的にどのようなときに矛盾が生じやすいかについて説明いたします。

このページは、主にご自身でボーカル録音を行う利用者を対象に書かれています。同じ話題をより深く掘り下げ、またディレクターやエンジニアといった制作サイドの方々もご覧になることを前提とした原文はこちらにございます。

補正可能なこと

ピッチ(音程)

いわゆるボーカル補正とよばれる作業において操作される要素の代表です。 どの程度まで音程を自然に上下できるかは声質などにもよりますが、私見ながら澄んだ声の方が可動範囲は広く、逆にハスキーであったりとノイズ成分の多い声の方が自然に動かせる範囲は狭いように思われます。

音程操作の前後

タイミング

音を発するタイミングは操作可能です。音の開始地点や切れるタイミングに加え、ある程度までは音の長さを伸縮することも可能です。これにより、例えば音を短くして軽快にしたりといった方法で、曲のグルーヴ感を操作することも可能です。

タイミング操作の前後

音量

単純な音量の増減です。これは長年ミキサーのフェーダ操作などでも行われてきましたが、デジタル編集により1音単位といった微細な調整も可能になりました。
この要素は、後述する「音のテンション」とは異なる点にご注意ください。

音量操作の前後

ビブラートの振幅

ビブラートの振幅は比較的簡単に増減できます。ただし、自然さを維持したままビブラートのかかった音をストレートに歌わせたり、逆にストレートに歌った声にビブラートを加えることは容易ではありません。

ビブラート振幅操作の前後

補正不可能なこと

滑舌の悪さ

たとえば子音の音量だけが小さすぎる場合、前述の「音量操作」の一環として、オケに埋もれないよう持ち上げてやることは可能です。しかし、はじめから子音が自信を欠いたりした場合、弱くなったリズム感は取り戻せませんし、オケに埋もれて歌詞を聞き取ることが困難になります。

テンション

声が持つテンションは張り具合などと密接な関係があり、逆に(レコーディングにおいては)音量の過不足はあまり問題にはなりません。たとえば、ウィスパーボイスはどのように処理してもシャウトにはなりませんし、その逆もまたしかりです。

ビブラートの周期

ビブラートの周期(速さ、あるいは間隔)は、簡単には操作できません。いわゆる「ちりめんビブラート」を、ゆっくり朗々としたビブラートに変えることはできません。

要素間の矛盾を回避するために

これまでに挙げた要素のすべてが(残念ながら)弱い録音があったとします。滑舌の悪さや、曲の雰囲気にいまひとつそぐわないテンションは、それだけで歌唱者の技量がいまひとつである印象をリスナーに与える可能性があります。 この状態で補正が可能な要素…音程やタイミングなどを音楽的に説得力のあるものに近付けたところで「長けた要素」と「弱い要素」の乖離が生じ、場合によっては人間離れした演奏に聞こえるという事態が生じます。 (非常に自信なさげなのに、タイミングと音程だけは完璧に合っている歌を想像してみてください。) このため、補正可能な要素でさえ、自然に操作可能な範囲は「もっとも弱く、補正不可能な要素」によって制限を受けてしまいます。

繰り返しになりますが、補正を前提とするレコーディングを行う場合、割り切った上で補正が不可能なポイントを重視することも、より説得力のある作品を作るために有効なテクニックです。 たとえば、ハイトーンを正確に当てることに集中するあまりに声が細くなったり、直前のフレーズが自信に乏しくなるぐらいであれば、多少は音程をはずす覚悟で堂々と歌いきる方が力強い表現に繋がる場合があります。