製品レビュー:Audient NERO

アクティブ・モニターコントローラ Audient NEROのレビューです。
普段はソフトウェアや録音関連のお話が中心の当ブログでは初となる、ハードウェアのご紹介です。

本稿の前半では製品の概要を、後半では導入後2ヶ月ほど使用した所感をご紹介致します。

さて、本題に入る前に、少しばかり「そもそも」のお話ししたいと思います。

モニターコントローラを導入する理由

モニターコントローラ(以下「モニコン」)は、伝統的に業務用コンソールに組み込まれていた機能の一部を、現代の制作スタイルに合わせて専用機として抜き出したものであるといえます。

主に以下のような役割を担います。

出力先の選択

サイズや種類の異なる複数のスピーカを使って作業する際、切り替えを容易にします。一般的な業務スタジオでは「ニアフィールド・スピーカ」「ラージ・スピーカ」「小口径フルレンジ(Auratoneに代表される)」の3つを切り替えるのが基本になるのではないかと思います。

モニタするソースの選択

モニタするソースを選択します。こちらも伝統的には、ミキサーのステレオバス出力の他、マスターレコーダの出力を直接聴いたり、リファレンス用のCDが回る再生機をスタジオ・モニタで聴くために使用されていたことと思います。

上記以外にも、演奏者用のCueミックスに流れている音声をエンジニアが確認できるようにするのにも使用されます。

MONOスイッチ

左右チャンネルを混合してモノラルで音声を聴くためのスイッチです。

ミックス中のステレオミックスをモノラル化してもバランスや表現意図が破綻しないことを確認する際に便利です。(筆者私見ながら、大型コンソールの黄金期に比べると現在はモノラル互換性がさほど重要視されていないように感じますので、ピンと来ない読者もいらっしゃるかもしれません)

DIMスイッチ

一時的にレベルを絞るためのスイッチです。小音量でもバランスが破綻しないことを手軽に確認する際に便利です。ボリュームノブで絞ることもできますが、専用のスイッチがあれば、あとで元位置に戻す際に 耳の感覚が狂わないようにピッタリ合わせることに神経を使わなくて済みます。他にも、音楽を止めずにコントロールルーム側でクライアントと会話をする際などにも有効です。

MUTE(CUT)スイッチ

音声を完全にミュートします。作業中に一時的に音声を消したいときだけでなく、必要ない間は入れておくことで不慮の事態からスピーカを保護したり、あるいは操作ミスやDAWのフリーズなどにより爆音が流れたときの緊急停止ボタンとしても案外重要です。

TALKBACKスイッチ

このスイッチを押しながら話すと、コントロールルーム内の音声が演奏者のヘッドホンに流れます。エンジニアやディレクターから奏者に話しかける際に使用します。

モニコン自体に簡易なマイクを内蔵している製品が多く、より高品位なマイクを使用したい方のために専用のマイク入力を備えたものもあります。


さて、上記の多くは、ルーティングさえ工夫すればオーディオI/Fの内蔵機能や、DAWのプラグインを使って実現することもできなくはありません。たとえばモノラルチェックを行うのであれば、フリーのFlux Stereo Toolをはじめ、両チャンネルをセンターに寄せられるプラグインがあれば、これをマスターバスに挿しておき、必要に応じて有効にすればローコストで実現可能です。

オーディオI/Fの入出力に余裕があれば、Muteomatic といったプラグインを使用してトークバック機能を容易に実現することも不可能でありません。

しかし、必要なときにすぐ手を伸ばせるところにスイッチがあると、フィジカル(物理的な)インターフェースに触れる楽しさとは別に、クリエイティブな思考を中断する負担が少なくて済むというメリットがあります。筆者も長く倹約のためにスピーカの切替をオーディオI/Fの管理ツールで行ったり、MONOやDIM機能をプラグインで実現したりしていましたが、やはりメンドクサさが勝ったために必要なチェックを怠って失敗したことが一度ならずあったように思います。頭では重要性がわかっていただけに、1台目のモニコン導入後は、もっと早くにメリットを享受していればよかったと後悔しました。

なお余談ですが、モニコンの使用方法を見ると、音量の大小差に惑わされないよう、ボリュームノブをマーキングして、 再生音量を一定にすることを勧める記述をよく目にします。

当然のことですが、ボリューム位置が不変であっても、ソース機器の出力レベルもまた一定でなければ、再生音量が均一であることは保証されません。リファレンスとの比較時やモニタに慣れる目的で音源を聴くときは、DAW内蔵のものでも構いませんので、必ずVUメータやRMSメータを併用しましょう。

Audient NERO製品概要

今回ご紹介するAudient NEROの基本スペックは、以下のとおりです。

入力 4系統(SRC1 / SRC2 / ALT / CUE)
※ALTのソースは、別のボタンでアナログAUX入力、S/PDIF光、S/PDIF同軸の3つより選択

出力 3系統 (MAIN / ALT1 / ALT2) + サブウーハ用出力
※ALT1およびALT2は、メインに対して相対的なレベルをプログラム可能

ヘッドホン出力 x4
※レベルおよびソースはそれぞれ個別に設定可能

特徴的な機能のひとつに、サブウーハの専用出力があり、これが任意のステレオスピーカ使用時にのみ有効になるよう設定できる点があります。

たとえば、ステレオスピーカがA、B、Cの3セットあり、A、Bのいずれかを出力先に選択したときのみ自動的にサブウーハにも信号が流れるようにできます。これにより、スピーカを切り替える際にわざわざサブウーハをOn/Offする必要がありません。

同様に、あらかじめ設定した出力先を選択したときのみ、自動的にMONOスイッチも有効になるよう設定することができます。

もうひとつ便利機能として、光および同軸のS/PDIF入力と、専用のD/Aコンバータを内蔵しています。スタジオにS/PDIF出力を備えたCD/MDプレイヤーなどがあれば、ケーブル1本で接続することができます。

本製品の電気特性については、下記Sound On Sound誌のレビューが参考になるかと思います。

測定器上では10Hz~80kHzまで「定規のようにフラット」であった様子や、S/N比は(すでに製造終了しているものの)新品の販売価格が30万円近くしたGrace m902と遜色のないスペックであったことが記載されています。

使用感

ノブに緩いところなどはなく、作りは非常にしっかりしています。
金属主体のハイエンド機材ほどの高級感はないかもしれませんが、少なくとも安っぽい感じはまったくしません。

ボリューム操作時のレベル変化も大変なめらかです。
以前まで使用していたパッシブ機に比べると、少しばかり気になった左右チャンネルの誤差や、ボリューム位置によるサウンド変化は感じられませんでした。

(余談ながら…以前使用していた機種でも長年これらが気になったことはありませんでしたが、リプレイス後は以前よりもセンターがビシっと決まる感はあります)

個人的に、もっとも重宝しているのは次の機能です。

特定の出力をMONOにアサインする機能

当方はモニタスピーカにRL906Active Mixcubesを使用していますが、後者は1台しかなくモノラル専用となっています。従来のモニコンであればActive Mixcubesに正しく信号を出力するには、1.スピーカの切替 2.MONOスイッチと2手を要しましたが、特定のスピーカ出力とMONOスイッチをリンクできる機能のおかげでスピーカ間の行き来はボタン1つで済んでいます。これは購入後にマニュアルを読むまで知らなかった機能でしたので、嬉しいサプライズでした。

ヘッドホン出力別にソースを選択できる

筆者自身はこの機能をソースの選択ではなく、各ヘッドホン出力のOn/Off代わりに使用しています。

現在、入力端子SRC2にはなにも接続していないため、ヘッドホンが不要な際にはSRC2をルーティングすることで各ヘッドホンがミュートされます。これにより、 スピーカ2セットとヘッドホン2台 の音量感が均一になるようそれぞれのボリューム位置を固定したまま、各機器を自在に行き来できます。(ヘッドホンの選択時は若干手数が増えますが、作業中に思考を中断されるほどのストレスではないと感じています)

総評

現在のところ、特に強い色付けなどは感じておらず、大変快適に使用できています。そもそも本機を選んだのが前述のSound On Sound誌の高評価を見た上でしたので、きちんとスペックに偽りなく、堅実に仕事をしているっぽいなぁ、というのが率直な感想で、お値段以上の値打ちは感じています。特にモニコン無しで複数スピーカを使用している方、前述のように”プアマンズDIM/MONOチェック”を頻繁に行う方には、自信をもってお勧めできる逸品となっています。

トークバック周りやヘッドホンへのCue送りはまだ試す機会に恵まれておりませんので、これらについては後日追記したいと思います。

長所

  • お値段以上のビルドクオリティ
  • サウンドも申し分無し

短所

  • 実用上は問題ないが、SSL卓のセンターセクションにあるような、比較的軽くてクリック感のあるボタンだとさらにテンションが上がったかも…
  • 一部機種にあるような、トークバック用外部スイッチの接続端子がない

競合製品

業務スタジオにおけるモニコンといえば、Crane Song Avocet 、あるいはGrace m905 がド定番かと思いますが、いずれも30~40万円以上する品です。潤沢な資金があれば迷わずこの辺りを選べばいいのでしょうが、気軽に導入できる価格ではありません。(優先順位としては、まずはスピーカにそのぐらいの額を費やすべきでしょう)

おそらく「機能」「価格」「世代」の3点でもっとも近いのは、Heritage Audio RAM System 2000 かと思います。こちらはBluetoothレシーバを内蔵しているので、たとえばスタジオを訪れたクライアントと一緒にスマホに記録した参考音源を流すといった場面に日常的に遭遇する方であれば便利かもしれません。ただし、クラスが「比較的」近いとはいえ、販売価格はNEROの2倍近くします。

日本のホームスタジオでは、早い時期からアクティブ方式のモニコンを販売していたMackie社のBig Knobシリーズが人気の印象を受けます。 2in + 2outのパッシブモデル Big Knob Passive は、実売価格が1万円を切り、気軽にソースやスピーカを切り替えたい人には導入しやすいでしょう。DIM/MONO/MUTEといった、必要最小限の機能も備えています。ただしヘッドホンアウトはついていませんので、そちらは別途オーディオI/Fから直接とるといった工夫が必要になります。Big Knobシリーズのより上位のアクティブ方式のモデルは価格もリーズナブルですが、筆者自身は未確認ながら「Mackie卓っぽい音の変化」が 旧モデルから踏襲されているという噂が事実であれば、制作のモニタリング用途としてはもう1ランク上の他社製品を目指してもいいような気がします。

他にはSPLやDrawmerからもNEROに近い価格の製品がいくつかリリースされていますが、世代的にはやや古い感は否めません。また、これらメーカの製品に見られるような、設置面に対して操作パネルが垂直になるデザインは好みが分かれるかもしれません。

最近はオーディオI/Fに簡易モニコンを内蔵したものもありますので、スピーカ切替だけは試してみたいという方はそれらをご検討いただいてもよいかもしれません。

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Audient NERO

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