レビュー「教則ビデオ:Matthew Weiss / Mixing with Reverb」

以下は、Pro Audio Filesにて販売中の教則ビデオ”Mixing with Reverb” のレビューです。こちらはタイトルのとおり、6時間以上に渡る収録時間のすべてをリバーブ一点に絞った長編です。

製品サイト:Mixing with Reverb

制作者について

講師として登場するMatthew Weiss氏はLA在住のエンジニアです。

Weiss Sound / Audio engineering, mixing, mastering

チュートリアル・サイトPro Audio Filesのレギュラー執筆者でもあります。同サイトに参加する以前からも「人助けというよりは自分の考えを整理したくて」Gearslutzでフォーラム参加者の質問に頻繁に答えていたそうですので、今回のような長編も作るべくして作った感があります。

概要

同シリーズの他タイトルはサンプルの素材ファイルが付属することもありますが、本作に含まれるのはセクションごとにフォルダ分けされた動画ファイルのみです。とはいえボリュームは相当なもので、

  • 総容量:4.3GB
  • 収録時間: 6時間強
  • 映像:Full HD/30p
  • 音声:48kHz/AAC

と、なかなか気合の入った造りになっています。

Full HD映像のおかげで、パラメータが操作される様子などは映像の破綻もなく視認できます。また、特にクリティカルではありませんが、実演に使用されるPro Toolsの画面も隅々までよく見えます。

一方、Matthew氏自身の撮影にはWebカメラ程度のものを使用しているのか、ワイプなどの映像は粗いです。(上記の紹介ビデオのとおり)
近頃はYouTuberの作品やアマチュア制作によるちょっとしたチュートリアルでもDSLR撮影と思しき映像が増えましたので、それらに比べると手作り感はあるかもしれません。これはなんら視聴体験を損なうものではない…と言いたいところですが、雑然とした背景に注意が向いてしまうこともあります。(同シリーズの他タイトルで、背景のカーテンに仕切られた向こうに便器が写り込んでいたり、ごく自然に犬が通り過ぎたりするものに比べると、本作はまだマシではあります)

内容は大きく4つのセクションに分かれており、それぞれがフォルダに分かれています。

Section Aはリバーブの基本について。

  • Room/Hall/Chamber/Plate/Springといったカテゴリごとの違い
  • 各種パラメータ
  • Early reflectionとLate reflectionの違いや、距離演出にどう使用するか
  • リバーブでグルーヴを強化する方法
  • エフェクト・リターンにコンプ/EQを適用する方法

などについての解説です。
一般的なリバーブのパラメータに関する解説はサブ・フォルダにあり、さらに以下の6本のビデオに分けられています。

  • Early and Late reflections
  • Decay Time
  • Diffusion
  • Damping and EQ
  • Modulation
  • Unique Controls

Section Bは、テクニカルと題し、デジタル・リバーブに限らず残響に関するより詳細な話題について。

  • マイクに収録されたアンビエンスの有効活用方法
  • スタジオ・モニタでアンビエンス・トラックを作成する方法
  • トラックの前後間隔の演出方法

などなど。

他にやや珍しい話としては、リード・トラックに混じったアンビエンスを意図的に他のパートでマスキングすることで前面に持ってくる荒技など。
これらすべてが実演されます。

このセクションだけで延べ1時間50分あります。2mixにおけるアンビエンスの在り方を再考する良いきっかけになるかもしれません。

Section Cは、ジャンル別の実演。
5つのジャンル(Urban pop/Pop ballad/Reggae/Rap/Jazz)において、Matthew氏がリバーブのパラメータを操作しながら、その都度どのような判断の下に作業を行うかを丁寧に説明します。

Section Dは、Bricastiの中のお人、Casey Dowell氏をスタジオに招いての対談、そして最後に短い総括があります。

総評

前述のとおり、おおよそオーソドックスなリバーブの使い方について体系化できる類のハウツーは本タイトルで網羅されている印象を受けます。シリーズの中でも、本作は例外的に構想3年、制作1.5年を費やしたとされているだけのことはあります。

以前に紹介したコンプレッションに関するタイトルと同様に進行のテンポも非常によく、この手の教則ビデオにありがちな間延びする感じはほとんどありません。メモを取りながら視聴しているとすぐに取り残されるため、一時停止や巻き戻しボタンの使いやすい再生ソフトは必須になるでしょう。

本編は、残念ながら次の2つの理由から初心者にはお勧めするのがやや難しいかもしれません。まず、アルゴリズミック・リバーブとIRの違いなど、初歩的な部分はカバーこそされるもののざっとさらうだけですので、一般的な製品にあるようなパラメータはある程度理解した上で取り組んだ方がいいかもしれません。(ちょうど先月のSound Designer誌で組まれた特集などはエントリ・ポイントとしてよいかもしれません)
また、低廉なモニタ環境では実演されるパラメータ調整の多くは違いが聴き取れないかもしれません。

なお、実例の多くはリバーブの製品を選びませんが、Lexicon PCM NativeシリーズとFabfilter Pro-Rの2つは、やや独特なパラメータの解説を交えながらMatthewの思考プロセスが説明されるシーンが度々登場しますので、これらの製品(およびLexicon系全般)をいまひとつ使いこなせている気がしない方々は得るものが多いのではないかと思います。

逆に中級者以上でありながら、製品ごとの使い分け方、パラメータ設定時に注目すべきポイントにいまひとつ自信が持てない方には、本作を強くお勧めします。

奥行の演出方法もさることながら、リバーブを使ってグルーヴをテコ入れする方法などが実演されているほか、ステレオ・イメジャーやオクターバーなどを使った小技なども相当数が紹介されています。とはいえ、飛び道具的な手法は(いま思い出せる限り)一切なく、元あるトラックやアレンジを尊重しながら濃密で躍動感のあるミックスを作ることが志向されているように見えます。このビデオを通じてMatthew氏の視点を追うことは、もう少し根本の部分でミックス観を強化する上で役立つのではないでしょうか。あるいは、リバーブでいろいろなことができるのは概念としては知っているが、いまひとつ成功できた実感が沸かない…という方にこそ、本作は強力なテキストになると思われます。

ジャンル別にリバーブを作り込む手順を紹介するセクションも、決して王道パターンをなぞるハウツーではなく、あくまでも直面しているアレンジを最大限に活かすためのアプローチを探る思考プロセスが紹介されます。ただし、たどりついた複数の答えのうち、いずれも十分に有効と判断した場合は、どちらがそのジャンルにとって好ましいかで判断がなされるのもポイントです。

最後、Section Dの対談は、リバーブの使い方はすでに極めている方も楽しめる内容となっているのではないかと思います。
ゲストのCasey Dowellは、かつてLexiconにてLogic 7の開発に携わり、のちにスタジオの定番リバーブ Bricasti M7のアルゴリズムを設計された方です。同社の創業者の一人でもあります。(BricastiのCasは同氏の名前から取っているとのこと)

「アルゴリズミック・リバーブはディレイの集合というところまでは大勢が知るところだが、そこから先は実際なにが起こっているのか?」
「製品ごとの違いを決定付けるのは?」
「実機のプレート・リバーブにはEarly Reflectionの概念はないが、デジタル・リバーブのPlateアルゴリズムには大抵パラメータとして存在しているのはどのように解釈すべきか?」
など、Matthew氏からの興味深い質問に次々と(ひょうひょうと)答えていきます。

ほかにも、アルゴリズム設計の難しさ、EMT250設計者の現在、Bricastiの今後について、などなど…50分に及ぶ対談は興味深い話が多くありました。

以上、不慣れながら書いてみたレビューはここまでです。

現在はIntro特典として、解説を交えながらEDMのミックスを進める2時間強のビデオ”EDM Mixthru” ($40相当)が付属します。

また、EQ & Compressionのチュートリアルが付属したセットもありますので、購入を決意された方は勢いでBuy Now!ボタンを押す前に、ページ下部にあるお得なバンドルの料金もチェックしてみてください。

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