TDR Limiter 6 GE徹底解剖

「ダイナミクス処理の十徳ナイフ」と評判のTokyo Dawn Records “TDR Limiter 6 GE” に関するエントリです。

複数のモジュールからなる同製品は、個々のセクションがシンプルなこともあり直感でもそれなりに使えるのですが、やや見慣れないパラメータの背後にある設計思想も理解した上で取り組むと、幅広い音作りが可能になります。高評価を得ているのも頷ける、大変コストパフォーマンスの高い製品なのではないかと思います。

筆者はしばらく前にこの製品を購入したのですが、ちゃんと使えるようになれればと腰を据えて調べてみたところ、マニュアルには記載されていない製品仕様がYouTubeビデオではサラっと語られていたりと情報が分散しているような印象を受けました。

このビデオに登場するクロスオーバー―周波数に関する話などは、なぜかマニュアルには記載がありません。

それらの資料をまとめると結構な情報量になりましたので、ブログエントリに起こしてみました。

このような経緯もあり、製品レビューともUser’s Guideともつかない内容になりましたので、徹底解剖と名付けてみました。

本エントリが、購入前の検討材料に、あるいはよりご活用いただくために、はたまたこの製品に興味がなくともマスタリングに関するヒントになれば幸いです。

概要

Limiter 6 GEは、合計6つのセクションから成り立ちます。

  • Compressor…コンプレッサ
  • HF Limiter…高域専用リミッタ
  • Peak Limiter…色付けの少ないピークリミッタ
  • CLIPPER…倍音付加がともなうリミッタ
  • OUTPUT…最終的なレベル調整やモニタリングに関する設定
  • METER…ピーク&EBU R128準拠のラウドネス・メータ

信号経路の最後の2つにあるOUTPUT(出力)とMETERは固定されおり、それ以外の4つのモジュールはドラッグするだけで接続順を変更できます。また、それぞれが有効か無効かだけではなく、画面に表示するかどうかもモジュール毎に設定が可能ですので、必要に応じて表示をコンパクトにすることもできます。

個々のモジュールは一見オーソドックスでパラメータも比較的少なく、難しく考えずとも良好な結果が得られますが、加えてあまり一般的でないパラメータについてもよく練られており、組み合わせることで可能性は大きく広がります。
ただし、主要な4つのモジュールのすべてが必要になるケースは少なく、不必要と判断したものは無効にすることを恐れない勇気も必要になります。

一般的なマスタリングなどにおいては、デフォルト表示のとおりアタック/リリースタイムが遅いものから順(Comp→Limitter→Clipper)に接続するところから開始することになると思われます。
こうすることで、個々のモジュールの前段で取りこぼされた信号が主なリダクション対象になり、信号がクリーンに保たれます。一方、Clipperでピークを削ったあとにCompressorに通すことでオーバーコンプ感のあるサウンドも演出できますので、明確な意図があればデフォルトの接続順にこだわる必要はありません。

また、ゲインステージング(各段階でのレベル管理)についても独自の考え方があります。
各モジュールの入出力レベルは、それぞれの入力段にある「DRIVE」ノブで設定します。名前からはなんとなくサチュレータを想像してしまいますが、このノブは予想に反して無色な入力ゲインです。よって、ゲインリダクションによりレベルが下がった分は、次段のDRIVEノブでまた取り戻す想定となっています。
これはインターフェースを簡略化するほか、次段のモジュールを不必要にドライブすることを防ぐ心理的な作用を期待してこのような設計になっているそうです。

その他に、後述するようにM/S処理に関しても一風変わった機能を有しており、複数のモジュールを組み合わせることで幅広いサウンドメイクが可能になっています。

各モジュール解説

Compressor

一般的なコンプです。
MODEボタンにてキャラクターの異なる3つのタイプから選択できます。

Alpha:色付けの少ないコンプです。Glue効果の他、音の密度を増したりパンチを加えるのに適しています。

Sigma:スムーズとはほど遠く、色合いの強い個性的なコンプです。アタック&リリースタイムはリダクションの量に左右され、非直線的な特性を有しています。よってマスタリング用途で使用する場合はDry/Wetを併用することが推奨されます。

Leveler:一般的なダイナミックスプロセッサではスレショルド以上(Comp)または以下(Exp/Gate)、いずれかの信号が処理対象となりますが、Levelerモードはそれらとは異なり、一定のレベル以上、以下の双方が規定レベル付近に収まるよう増減なされます。製品紹介ビデオのナレーションもこのモードで収録されているそうです。
また、スレッショルド付近にヒステリシス効果を加えることで、強めのリダクション時も自然さが保たれるそうです。

Peak Limiter

一般的なマキシマイザ/デジタル・リミッタにもっとも近い特性を持ったモジュールです。
歪みを最小限に抑えたまま、持続時間が中~短程度の信号レベルを抑えます。先述のCompressorよりは短く、また後述するClipperが得意とするようなごく瞬間的なピークの中間に位置します。

Waves L1/L2的なストレートな使い方もできますし、より踏み込んだ設定も可能にするユニークなパラメータが複数存在します。思いのほか、マニュアルを読むまではすべてを把握するのが最も難解なモジュールかもしれません。

まずユニークな点として、このモジュールは作用させたい帯域に応じて2つのモードを選択できます。
Multiband有効時は、3バンドのマルチバンド・リミッタとして動作します。これはピークを抑えるだけでなく、全体的に密度を増したい場合などに適しています。

マニュアルに記載はありませんが、YouTubeビデオによるとクロス・オーバーは160Hzと6kHzに設定されているそうです。
たとえばキックが大きすぎる場合や、帯域ごとのGlue効果を期待するときは、Multibandを有効にすると効果的です。

Multiband有効時は、さらに「FOCUS」ノブが有効になります。
これは+に振ると中域を、-側に振ると低&高域を優先的に処理します。

なお、Multibandモードが無効の状態でもそれなりに高度な処理がなされているため、このパラメータはCPU負荷にはほとんど影響しません。

通過する信号が規定値を越えることを完全に阻止するBrickwall機能も任意にOn/Offできます。オフにすると信号の自然さを保つほか、突発的なピークを後段のClipperモジュールに処理させるべく意図的に透過させることができます。

AHEADは、処理のために信号を先読みする時間を3段階で設定できます。
これは長くするほど高音質になるというものではなく、低域の歪みをとるか、高域の精度をとるか、トレードオフを考慮しながら(そして耳で判断しながら)設定する必要があります。

マニュアルでは、この設定値がx1、x2、x3と長くなるほど低域の歪みが減少する分、パーカッシブなパートは原音が損なわれる可能性があるとされています。ひょっとするとLinear Phase処理がなされているのかもしれません。

Recoveryはリミッターのリリース・タイムに影響します。ただし、これはエンベローブに作用はするものの、絶対的なリリース・タイムを決める固定値ではありませんので、あまり数字に惑わされずに耳で判断する必要があります。一般的なコンプのリリースタイム同様に、短いほど平均レベルが上がる分だけ音の密度は増しますが、歪みが生じやすくなります。

Clipper

突発的なピークを抑える(Hard clipさせる)モジュールです。
他のモジュールと比べて歪みが生じやすい代わりに、元の音源が持っているダイナミクスやインパクトへの影響は少な目です。
よって、特に意図がない限りは、このモジュールが得意とするピークや高域成分だけが到達するように、前段のモジュールである程度整えた信号を送ることが推奨されます。
コツは、Clipperのスレッショルドが、コンプのスレッショルドと比べて少なくとも3~6dBは高いようにすることです。

Kneeは、高い数値ほどソフト・ニーになります。これにより歪みは減少しますが、同値のリダクションを得るために作用する範囲も広まるため、結果的に副作用が目立つ可能性がより高いとされています。

MODEは、クリッピング発生時のピーク特性を3つより選択できます。
B.WALL:Brickwall limiter的に、スレッショルドを越えないよう信号を処理します。
OPEN:高域のトランジエントにより強く作用し、スムーズなサウンドを得られます。
LF CLIP:上記OPENとは逆に、低域により強く作用します。

SeparationはClipperモジュールが各帯域にどのように作用するかを決定します。
0%時は全体域に等しく作用し、数値が増えるほど帯域ごとに異なる量、作用します。(100%でMultiband的な動作をします)こちらのクロスオーバー周波数に関する情報は得られませんでした。

HF Limiter

高域にのみ作用するリミッターです。HighShelf専用のダイナミックEQ的に使えますし、後述するTYPEパラメータにより、ややユニークな使い方も可能です。

高域専用のリミッターは、やや耳障りな金物を抑えるほか、ヴィンテージ感の演出などにも使えます。

概要だけ見るとディエッサーにも聞こえますが、同様の機能はマスタリング用の機器にも見受けられます。たとえばMaselecのリミッター MPL-2には、2kHz以上のみを対象としたリミッターが搭載されています。

また、先日発表されたSSL Fusionでも、搭載された5つの機能にHF Compressorが含まれていたことが記憶に新しいでしょう。
FusionのHF Compressorの使い方として、前段のEQで意図的に強めに持ち上げたハイをHF Compressorで叩くことにより「明るく濃密ながら耳障りでないハイ」を作れることが紹介されていました。Limiter 6 GEに外部のEQを組み合わせることで、同様の効果が得られるかもしれません。

HF Limiterの特徴的な機能のひとつに、Absoule(絶対)/Relative(相対)の2つから選択できるTYPEパラメータがあります。
Relativeに設定した場合、検知回路は信号レベルの絶対値ではなく、信号全体に対するHIGHの割合を参照します。
もう少し具体的に説明すると、通常のリミッターは固定されたスレッショルドを越えたレベルの信号のみが処理対象となります。これは逆に言うと、楽曲中の比較的静かなセクションなどではリミッターがまったく効かないことを意味しますので、楽曲全体を通して高域を一律に丸めたいときなどは不都合が生じます。このような場合、信号全体における高域の割合を参照するTYPE Relativeを選択することで、おおよそ楽曲中のレベルの大小に関係なく、ハイを処理させることができます。

OUTPUT

OUTPUTモジュールでは、最終的な出力レベルを調整します。

このセクションにもBrickwallリミッターが内蔵されており、PCMのレベルを参照するかTrue Peakを規定値以下に抑えるかも選択が可能ではありますが、そもそもこれはセーフティネットとして用意されているものであり、基本的にはリダクションのメータが振れないよう前段までで処理を終えることがマニュアルでは推奨されています。

このセクションにはほかに、いくつかの機能が備わっています。

Auto Padボタンは、バイパス前後で音量が変わらないようにする機能です。どのような処理においても言えることですが、特にダイナミクス処理を行う場合、単純にレベルが上がったことにより音が良くなったと勘違いしないよう注意することの重要性は、いくら強調しても足りません。

DELTAボタンは、エフェクト全体によりリダクションが掛かった箇所だけを聴けるようにします。これにより、意図せず影響を受けている箇所がないかなどを違った視点からチェックすることができます。

METER

ピーク・メータとEBU R128準拠のラウドネスメータを両方搭載しています。
これら2つは並べて表示され、情報に過不足がなく視認性は高い印象を受けます。配信向けのマスタリング時などにレベルが適正かどうか、判断する上でも効果的です。

その他の機能

Limiter 6 GEには、他にもUIを眺めただけでは自明でない機能もいくつか備わっています。

モジュールごとにM/S処理が可能

モジュール名の横の小さなアイコンをクリックすると、M/Sモードに切り替わります。

本製品でユニークなのは、M/SによるWIDTHと、スレッショルドを個別に設定できることです。(逆にスレッショルド以外のパラメータは基本的に両チャンネルとも共通です)たとえばM/Sに個別にコンプレッサをかけた結果、少しステレオ音像が広がり過ぎたと感じたら、同じモジュールのWIDTHパラメータで若干狭めることで整合性をとることができます。

また、M/S機能はモジュール毎に備わっているため、CompressorモジュールでM/S処理をしたのちに、HF Limiterで左右チャンネルの高域だけ丸めるような使い方も簡単にできます。

あるいはセンターのみピークが気になる場合、Clipperモジュールでセンターだけを抑制すれば左右チャンネルのパートまでが巻き添えになることを回避できます。

チャンネル・リンクをはずせる

先ほど同様モジュール名横の小さなアイコンを、今度はAltボタンを押しながらクリックすると、左右チャンネルのリンクをはずすことができます。これにより左右チャンネルを個別に処理することができます。これは2mixなどに使用するとセンターに配置したパートが左右に揺れるリスクを伴いますが、意図して表現に使う場合、あるいはステムの片チャンネルだけを抑制した場合などに効果的です。

メータ類は表示範囲を変更可能

マウス・ホイール、または右クリックによりメータの表示範囲を細かく設定できます。

スタイルに応じた柔軟なパラレル処理

4つの主要モジュールには、リダクション後の信号と元信号を混合するパラメータが備わっています。
これらはデフォルトではDRY AMT(Amountの略)と表示されておりWet/Dryの比率を調整するようになっていますが、このラベルをダブルクリックするとDRY MIXに表示が変わり、固定されたWetに対してDry信号を何dB混ぜたいかを設定できるようになります。

解説は以上です。

興味を持たれましたらぜひデモをお試しいただき、購入時は下記リンクより販売店に飛んでいただけますと幸いです。

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