MIXに奥行きを加えるためのヒント2

タイトルのとおり、ミックスに奥行を加えるアイディア集の続編です。

前回はSoundOnSound誌の特集記事からの抜粋でしたが、今回は 私自身が 方々で見聞きしたり、自分で試してナルホドナーと感じた話をいくつかご紹介します。

対比の重要性

前回「奥行きは対称的なパートがあってはじめて知覚できる」という話をがありました。おさらいではありますが、このポイントがなによりも重要であることを再度強調しておきます。

たとえば適当なパートをソロで再生して、AUXバスに立ち上げたHallリバーブへの送りをドンドン増してみます。それに応じてトラックが遠ざかるように感じるでしょうか? おそらく空間の雰囲気が変わったり音の焦点がぼやけるだけで、肝心の「距離感」はさほど変わらないのではないかと思います。

特にステレオ再生においては、距離感を演出するには対比が重要と考えます。
焦点がぼやけたパートは、より鮮明なパートと並べて初めて「比較的」奥にあると知覚しやすくなります。逆に、比較対象として手前に配置したいパートを現在以上に鮮明にすることが難しい状況では、前後の距離感を増すことは困難になります。

以下に紹介する他の編集ポイントについても同様で、トラックを単体で聴きながらなんとかしようとするものではなく、同じ要素が対照的なパートを準備する必要があります。またその目的の達成に必要であればアレンジでパートを増減するのも手です。

Early/Late Reflection

リバーブに見られるこれらのパラメータは、それぞれ以下を意味します。

  • Early Reflection…壁から直接跳ね返る音。鮮明。一般に間隔はまばら。
  • Late Reflection…複数回の反射を繰り返した音。不鮮明(周波数特性は材質など壁の特性次第)。より密。

身近な環境をご想像いただければわかりやすいかもしれませんが、現実には近くの音ほど前者が、遠くの音ほど後者の割合が増えます。同じ建造物内で遠くから届く音に至っては、何度か壁に反射した複数の音(それぞれ経路も異なる)が、原音以上のレベルでほぼ同時刻に到達することもあります。

なので、色付けなどで使用するリバーブはともかく、距離の演出を目的に使用するリバーブはEarly/Lateそれぞれのレベルを個別に設定できる製品があると便利です。

最近思うことですが、このEarly/Lateのバランスに比べると、リバーブの他のパラメータは前後関係の演出への関与が長年信じてきたよりも少ないように感じています。

たとえばPre-delayを0から増やすと原音が鮮明になる分、そうでないパートよりも前面に配置しやすくなりますが、ではPre-delayを増やした分だけ際限なくパートを前に運べるかというと、そうでもありません。
RT60もまた、大きくするほど空間の広さが変わって感じますが、音の前後関係への影響は少ないように思います。

対象としているジャンルが許すなら、現実的な空間を再現することを目標にパラメータを詰めるよりも、対象とするパートをどの程度にじませたいのか、あるいはにじんでは困るのかという点を軸にリバーブのパラメータや機種を選定するのが早いかもしれません。

ダイナミクス

前回あったようにEQでハイを削る方が相対的に音が奥に行く話にも通じますが、一般にピーク成分が少ないパートほど奥に感じられます。これは自然界でも大気中では高域の方が減衰しやすいためと考えられます。

また、ダイナミック・レンジ(ピーク/RMS比)が少ない、あるいはRMS(またはVU)の動きの少ないパートほど奥に感じられます。(ここでは深入りはしませんが、オーバーコンプ気味のミックスがスピーカから飛び出してこない理由にも通じます)

The bus compression framework” という本ではこの考えをさらに押し進め、設定(主にアタック/リリースタイム)の異なる5台のコンプをそれぞれのグループに立ち上げ、すべてのパートをそれらのいずれかに送ることで、奥行きもまとまりもあるプロ級のミックスが誰でも簡単に作られるというテンプレートを紹介しています。その効果のほどは各人で意見が分かれるところでしょうが興味深い発想ではあります。

上記の理由から、パーカッションなどは応答速度の早いリミッタ等である程度ピークを抑制しないと音が前に飛び出てきてしまいます。単体で聴いたとき、あるいは低廉なモニタでヌケよく聞こえるサンプルも、それなりにピークを抑制してやらないと簡単に他のパートを食ってしまいますので、特に他のソフトシンセとバランスをとるときなどは積極的にピークを削る勇気と、損なわれたヌケを別の手段で取り戻す技術が必要です。

にじみ

先ほどのリバーブに関する項でも触れたよう、反射音を加えることで音は焦点がぼけ、程度の差こそあれ鮮明さが失われます。(ドライな信号はえてしてきつすぎることが多いので、これ自体は悪いことではありません。)
同様の効果は空間系に限らず、音を加工して元信号に加えるおおよそ全てのエフェクトにより生じる可能性があります。

たとえばステレオ・コーラスやハーモナイザーなど、一聴すると音が派手になってグッと迫ってくるように感じる処理でさえ、元のトラックとレベルを揃えると処理前の方がパキっと鮮明に感じられるかと思います。
必ずしも「派手=前面」とは限りません。

「EQによるにじみ」も、位相変化によりピークレベルが変化した結果と解釈するなら、このカテゴリに含まれるかもしれません。

マスキング

いずれのパートも鮮明に聴かせるには、いわゆる「帯域の交通整理」は重要です。ですが、前述の「にじみ」を造り、トラックを奥に追いやる手段として、優先度の低いパート間のマスキングを一定量残すことができます。(という話を最近どこだったかで目にしたのですが、まだ意識して試せてはおりません)

Scroll to top