本エントリは、この数年Plugin Allianceの一部製品に搭載されている”TMT”という機能に関する解説です。
TMTはTolerance Modeling Technologyの略で、直訳するとおおよそ「誤差をモデリングする技術」、もう少し具体的にはアナログ・コンソール(あるいはあらゆるアナログ機器)に見られる電気特性の個体差を再現する機能です。たとえば比較的新しいプラグインであるbx_console SSL 4000Eの場合、72チャンネル分の特性の異なる回路がモデリングされています。
必然的にこの機能が搭載される製品は、チャンネルストリップなどといった、実機においても複数の(あるいはすべての)トラックが同一設計の、しかしながら個体差のある回路を通るケースが多いものが中心になります。
執筆時点においてTMTが搭載された製品は、フリーハンドで思い出せるだけでも下記のようなものがあります。(ひょっとするとまだあるかもしれません)
- bx_console N
- bx_2098 EQ
- bx_console SSL 4000E
- bx_console SSL 4000G
- bx_masterdesk
以下では具体的にチャンネルごとになにが異なるのか、またこれをどのように活用すればよいかをみてみましょう。
チャンネルごとの違いを確認
実験には、プラグインの周波数特性や位相特性の確認に便利なDDMF Plugindoctor
を使用します。
また、実験対象となるプラグインにはbx_console Gを使用します。
これはBrainworxがSSL社とライセンス契約を結ぶ以前にリリースされた、bx_console SSL 4000Gの前身に当たる製品です。より最新の製品を対象に実験を行いたかったのですが、残念ながら2018年の夏以降にリリースされたPlugin Alliance製品の多くがPlugindoctorをクラッシュさせてしまうので、今回はたまたま古いノートPCに残っていたbx_console Gを使用します。
まず、プラグインを読み込んで、バイパスした状態です。
周波数特性がフラットであることがわかります。(全帯域において、レベルの増減はありません)
次にプラグインのバイパスを解除し、フィルタ、EQ、ダイナミクスをすべて無効にしてみました。
すべてのモジュールが無効になっているにもかかわらず、50~100Hzあたりから低域に向かって徐々に減衰しているのがわかります。
また、ノイズが発生しているため、100Hz以上も先ほどのような直線にはならずわずかに揺らぎが生じています。
次にハイパスフィルタを有効にし、カット周波数を設定可能な下限である16Hzに設定します。
周波数特性を表すグラフが水色と紫色の2本に分かれました。これらはそれぞれ、左右チャンネルの特性を表しています。
先ほどまで両チャンネルの特性がほぼ同一であったため一本の重なった線として表示されていましたが、実験に使用したTMTの1,2チャンネルのハイパスフィルタは、実際のカットオフ周波数が均一ではないことを示しています。
次にEQを有効にします。この時点ではまだツマミには触れておらず、素通ししている状態です。
EQの回路を有効にするだけで、左右チャンネルにゲインの差が生じていることがわかります。
先ほどに加え、ローパス・フィルタを3.5kHzで有効にし、またEQのLMFを最も狭いQで適当に下げてみました。
LMFの中心周波数も左右チャンネルで異なるのがわかります。グラフ上にカーソルを置いた際にPlugindoctorが返す数字を見た限りでは、おおよそ40Hzほど違いがあるようです。
さて、これまでは1,2チャンネルの特性を見てきましたが、最後に上記の設定のままTMTのチャンネルを13,14に変えてみます。
ハイパスフィルタの特性が左右チャンネルで大きく異なっているのがわかります。
このような例はまれですが、中には隣接するチャンネル同士でもかなり特性の異なるものがあります。
他には、SSLのチャンネルコンプは設定に応じて自動的にMake up gainが掛かる仕様になっているのですが、このゲイン量もチャンネルによって異なることが確認できました。
ここまでの例だけでも、TMTを使用した製品はツマミやスイッチをいじればいじるほど、特にステレオ・エフェクトとして使用した際にチャンネル間の特性に違いが生じる様子はなんとなくおわかりいただけるかと思います。
この実験では隣接する2つのチャンネル同士を比較してきましたが、おそらく同じ特性のチャンネルはふたつとしてないでしょう。
なお、マニュアルではステレオ素材に使う場合はL/Rのチャンネルが奇数/偶数になるよう推奨されていますが、この助言に従っても中には最後に見た例のように特性差の大きいチャンネル・ペアもある点は留意に値すると思われます。
TMTの利点
左右チャンネルから再生される信号が同一であるとき、ヒトはそれをモノラルの信号として知覚します。逆に左右の信号に違いが生じると、それはわずかながら広がりとして知覚されます。
個体差のある回路を経て、やがて合流する複数の信号は、道中でそれぞれが異なる帯域にある種の「クセ」を拾うことになります。これは、ともすればダンゴになっていたミックスを適度に分散させる効果があるのかもしれません。
少なくとも、アナログ・コンソールでミックスする方が作業が楽で、音も立体感があるといわれるのは、チャンネルごとの個体差から累積する色付けや特性差とは無関係ではないように思われます。
bx_consoleなどは単一のトラックに通してもアナログ・モデリングらしい効果を加えるのは最初の画像で見たとおりですが、TMT機能が真価を発揮するのは、おそらくステレオのステムが多数あるようなミックスなどに対し、すべてのチャンネルに同一プラグインを立ち上げるような使い方においてでしょう。(もちろん、インスタンスごとにTMTチャンネルが重複しないように設定しないとクセは同じ帯域に累積します。)
その効果が音楽的に好ましいかどうかはケース・バイ・ケースでしょうが、個人的にはフェーダを立ち上げるだけでわずかながら立体感とトラック間の分離が加わった状態から開始するミックスは、それだけで楽しい体験でありモチベーション増につながるように思われます。未体験の方はぜひ一度お試しください。