原文: iZotope – 10 Tips for Mastering if You’re Not a Mastering Engineer
iZotope社より「2018年の5大・人気記事」と題したダイレクト・メールが届きました。トップに掲載されたエントリ”10 Tips for Mastering if You’re Not a Mastering Engineer”は同年2月の公開後まもなく当方ツイッターアカウントで取り上げたものでしたので、本年の総括も兼ねてあらためてご紹介致します。
※訳注
本記事が「10大Tips」としながら、実際には4番が重複しており計11あるのは原文ママです。
※訳注
2018年2月に本記事を取り上げた時点では訳者はまだ理解していなかったことですが、iZotope社について知るほどに、同社がプロ向けの業務用マスタリング・ツールを作ることよりも、「音楽制作を民主化し、そのために必要なエコシステムを提供する」ことを、創業以来の至上命題としている印象を受けます。このエコシステムには文中に登場するツール類だけでなく、本項をはじめ同社サイトにある膨大なテキスト/チュートリアル群も含まれます。特に初心者にこそ、たとえiZotope社製品を購入できなくても、同社が無償提供する他のリソースをぜひご活用いただければと思います。
1. 音源の用途を意識する
マスタリングしている音源の用途が変われば、当然マスタリングのアプローチも変わってくる。
特に最近はSpotify、YouTube、Tidal、AppleMusicといった配信サービスはラウドネス・ノーマライゼーションを行うため、それらの規定するターゲットレベルへの対応といった作業が必要になる。
作品が営利目的であれば、配信プラットフォームに乗せることになるのは必至だろう。各サービスの規準レベルは-12~-16LUFSとなっており、これにより音楽的なマスターを届けるのに十分なヘッドルームが生じる。
(訳注:原文では”LU”となっているが、これはLUFSの間違いと思われる)
2. 同一ジャンルのリファレンスを集める
テンポ、ジャンル、アレンジの密度が近い既存楽曲を収集し、それらと比較する。
ミックス/マスタリング時にリファレンスをきっちり模倣する必要はないが、同じプレイリストに並べたときに見劣りすることがないようにはしたい。
その際、リファレンス音源としては可能な限り非圧縮のものを確保したい。リファレンスのおおよその傾向を掴む段階ではmp3やAACで十分だが、より細部を検討する段になると、非可逆圧縮音源では比較が難しくなってくるだろう。
マスターがどれだけラウドかは、iZotope Insightといった製品を使用し、Short term, Integratedのラウドネス値を測定すればわかる。
3. メータを調達せよ
メータ無しで作業する人もいるが、この記事の読者のように必要に迫られてセルフ・マスタリングを行う場合、客観的な評価に基づいて選択を行う上でメータは必須になる。
揃えたいのは以下のようなメータ
・LUFSメータ
主に放送用途で使用されるが、音楽のミックスにも役立つ。”Momentary”の値は瞬間ごとの体感音量、”Short Term”の値は、曲中の静かなセクションとラウドなセクションの音量差を測るのに有効。
・スペクトラム・アナライザ
ミックスの周波数分布を見るのに使用する。低音が足りない場合、ミッド上方を削った方がいい場合などを目視確認するのに有効。ミックスを客観的に評価するのに役立つほか、モニタ環境の粗を特定できることもある。
・フェーズメータ
自分の音源が、リファレンスほど左右の広がりを持っているかどうか、あるいは危険域にまで広げすぎていないかを確認するのに有効。個人的にはよくモノラルチェックもする。もし編成中の重要パートがモノラル化で消失するなら、音源に何かしら問題がある。
訳注:M/S処理やステレオイメジャーでモノラル互換性が損なわれる経緯については、こちらをどうぞ
・ラウドネス ヒストリー グラフ
長時間にわたるラウドネスの変化を表示するメータがあれば、楽曲のダイナミックレンジを知るのに役立つ。
幸い、iZotope Insightには、ここで紹介したすべてのメータが搭載されている。
4.(少なくとも最初のうちは)ツールを3つに絞る
読者のように専門家でない方がマスタリングを行う場合、次の3つに道具を絞る。
- EQ
- コンプレッサ
- リミッタ←これは最後に使用する
そう、使うのはこの3つだけ!
EQおよびコンプの接続順に決まりはない。個人的にはEQを先に使用するが。
このようにツールを制限することで、意図せず過度な処理を行ってしまう危険を回避できる。わずか3つとはいえ、できることは多い。たとえばM/S処理が可能なEQがあれば、ステレオイメージを操作できる。
4.慣習とは逆の順番で作業する
これはつまり、目的とするレベルやダイナミクスをつくり、その後にEQを行うことを意味する。
なぜこれが有効なのか? なにせ巷にあるたいていのチュートリアルは、最初にEQ処理を行い、その後にコンプレッション、リミッティングを行うことを推奨しているではないか?
私も以前はそのようにしていたが、納品した音源は、ダイナミクスを潰され、作りこんだコンプやEQ処理は、最終段のリミッティング時に全体を破綻させた。それが手順を変えた途端、すべてが変わった。作業はより速くなり、その産物もよりナチュラルに聞こえた。結果、マスタリングの仕事も増えた。
確かに、ダイナミクス処理を最初に片づけてしまうと、作業の最終段階でレベルをガツンと上げる、あのドラマチックな瞬間には立ち会えなくなってしまうだろう。しかし、あれはチープなスリルに身を任せていただけに過ぎないことは認めざるをえないだろう?
もう一つのメリットは、ダイナミクスに関する楽曲のポテンシャルを、 マスタリングの早い段階で知られること。これを最初に把握した上で作業する方が、目的への筋道をより効果的に立てられる。
だが、いきなりリミッターに突っ込んだら、ものすごいリダクションがかかり歪みを生じることになるのではと思われるかもしれない。もちろんそうなるのだが、この歪みを回避する方向で他の2つのツール…EQ,コンプレッサを操作することができる。
コンプレッサについて詳細する。コンプレッサは、次の2つのどれかの目的で使用されることだろう。
1)コンテンツのダイナミクスを制御するため
2)色を加えるため
前者については、この記事が参考になるだろう
いずれにせよ、リミッターへの入力を下げることになるので、歪みは減ることになる
続いてEQ
読者はすでにミックスの手法を知っているだろうから、マスタリング作業の対象となる音源はミックス完了段階ですでに音がよいものと思われる。いまマスタリングで行っているのは、これを「さらに」良くきこえるようにしつつ、再生環境やプラットフォームを問わず輝いて聞こえるようにする作業だ。
原則としてはこれは「あっちを1dB上げ、こっちを1dB下げ」といったように緩やかに行う。
また、コンプがそうであったようにEQについても、リミッタが必要以上に動作して音を歪ませないよう帯域バランスを調整できる。
5.モニタ時には、マスターとミックスのレベルを揃える。
これはOzone8などを使用すれば簡単に実現できるが、他のプラグインが混在する場合は、次の手順でも実現できる。
まず、リファレンス専用のトラックを作り、そこに処理前のミックスをコピーする。次に、この音源を作成中のマスターと同じAUXバスに送る。そしてマスターを、目的とするラウドネスまで押し上げる。
次に処理前のトラックを再生し、曲中の最もラウドな部分をループさせながらラウドネス値を測る。その後マスターのトラックに切り替え、先ほどのラウドネス値に揃うようフェーダを下げる。
こうしてラウドネス値を揃えた上で、マスターに対して行った処理が物事をより良くしたか、あるいは悪くしたかを評価する。この段階でEQ処理の正当性を評価することは難しいかもしれないが、少なくともダイナミックレンジは比較できるはずだ。
もし潰されすぎたように聞こえる部分があれば、コンプレッサの効きを弱めてもいいだろう。あるいは、リミッタの反応をみながらEQを調整できるかもしれない。(たとえばキックがリミッタを過度に動作させるなら、100Hzを少し下げるなど)
6.モニタ時には、作業中のマスターとリファレンスのレベルを揃える
先ほどマスタリング処理前後のレベルを揃えたのと同じように、リファレンストラックを専用トラックに読み込み、マスターとラウドネス値を揃える。
リファレンスとマスターを交互に切り替えると、EQについての比較を行える。リファレンスの方が明るく聞こえたら、緩やかなシェルビングEQで揃えにいけばよい。相対的にローミッドが鮮明さを欠くなら、その帯域を削ればよい。ここでコンプレッションの具合についても確認しよう。
リファレンスよりも潰れて聞こえれば、コンプレッションを弱めるか、リミッタを過度に叩かないようにする。
7.再生環境を問わず良好に聞こえるようにする
ミックスが最大限よくなるようにすることはミキシング・エンジニアの仕事。マスタリング・エンジニアの仕事で決定的に違うのは、このミックスがどのような環境で再生してもよく聴こえるようにすることだ。
初心者がこれを実現するには、とにかくアクセスできるあらゆる再生環境でチェックする。慣れた環境で作業を行うのは当然のこと、その後にはコンポ、PCスピーカ、車両内、ヘッドホン、イヤホンなど、あらゆる場所や手段でチェックする。劣悪な環境を再現するためには劣悪なスピーカを買え、いやマジな話。
それらの平均をとり、許容範囲を見つける。もし民生用ヘッドホンで全体が耳に痛く感じるなら、おそらくハイを下げる必要があるだろう。もし小口径のスピーカでミッドが不足しているように感じるなら、その帯域を補強すべきだろう
8.モニタレベルを一貫させる
毎回決まったレベルで作業することが重要だ。再生音量が変わると判断もブレることになる。普段より小さく聞けばローを上げすぎるかもしれないし、普段より大きく再生すればローが強調される結果、ハイが過多になるかもしれない。
モニタレベルの基準は、「耳が痛くない程度に快適な範囲内、かつラウドである」こと。一部のエンジニアは80~83SPLを好む。どこに基準を設けるにせよ、一貫したモニタレベルが、客観的な評価を可能にする。
もう一つ有効なのは(一般にDIMスイッチで実現されるように)手軽に12dBほど再生音量を下げる手段を準備すること。低いレベルで再生したときの雰囲気をチェックできる。これはマスターバスに挿したゲイン・プラグインをOn/Offすることでも簡単に実現できるが、書出し時は無効にすることだけは忘れずに。
9. 「作業→耳のリセット」を繰り返す
原則として、マスタリング・エンジニアは素早く作業する。理由は明快で、そうすることで客観的な耳を保てるのだ。
(訳注:耳は適応能力が高いので、長時間作業してると基準がバカになって何がフラットかわからなくなる)
これを実現する方法のひとつは、調整作業を手短いに行うこと。
一例を示そう。ミックスはすでに良好だが、マスターはローミッドが厚すぎる思われたのでEQでこれを削る。次にリファレンスと比較し、大体バランスが並んだことを確認する。
続いてマスターを処理前のミックスと比較したところ、先ほどのEQによりダイナミクスがやや失われたことに気付いた。これを取り戻すためコンプのスレッショルドやサイドチェインフィルタ周波数を調整する。
こうした作業の合間合間に10分間程度の休憩をはさみ、休憩から戻った直後に聞いて納得できるセッティングが見つかるまで繰り返す。
10. エキスポートしてディザ処理
望みどおりのマスターが完成したら、次にバウンス、レンダリング、エキスポートする。
ここで、検討すべきことがいくつかあり、マスターの用途によって判断は異なってくる。CDや大抵の配信プラットフォームに向ける場合、目的は44.1/16のWAVファイルとなる。それ以外の場合はこちらの記事を当たることを勧める。
最終マスターにはディザを適用するが、その理由はここでは説明しない。
個人的には次のワークフローをとっている。
プロジェクトのサンプルレート&ビット深度で書き出し
↓
サンプルレート変換
↓
ディザ、または圧縮フォーマットに変換
この手順を踏むと、サンプルレート変換には高品位なツールを任意に使用できる。
訳注:変換に上記の手順が有効(かつ机上ではこれ一択)である理由については、このページに概要があります。