今回ご紹介するEventide Instant Phaser MkIIは、同社が1971年から6年間に渡り製造したラックユニット”Instant Phaser / Model PS101″をエミュレートしたプラグインです。
製品紹介ビデオの冒頭にPS101を操作するTodd Rundgrenが登場したところで、氏の大ファンである筆者はデモもせずに飛びついてしまいました…
実際に触ってみたところ、なかなか「使える」製品であるように思われましたので、取り上げることに致しました。
本エントリではフェーザーの基本原理に続き、Instant Phaserの概要と、筆者の所感をお知らせ致します。 同製品の購入を検討されている皆様の参考になれば幸いです。
Phaserの基本原理
ある音声信号に、そのコピーをコンマ㍉秒オーダーで遅延させたものを混合すると、遅延時間に応じて特定の周波数だけが強調されたり、減衰したりします。
DAWでコピーしたトラックを数サンプルずらし、元の信号と重ねて再生すると、なんとなくコシの抜けたような音になっているのを経験されたことがあるかもしれません。
この遅延時間…すなわち山や谷が生じる周波数を時間とともに変化させるのが、フェーザーやフランジャーと呼ばれるエフェクターの動作原理です。
最も初期のフェージング/フランジング効果は、2台のテープデッキを使用して実現されていました。同じ音声を記録したテープ2台を並走し、一方のみ回転するリールに手を触れるなどして遅延させることで、ほんのわずかに時間のずれた2台の信号を作っていたのです。
DSPが安くなった現在でこそ同様のことは可変ディレイを用いて簡単に実現できますが、この手法は当時、大がかりな装置を必要としました。このため、後にはInstant Phaserをはじめ、同様の効果を再現するためのスタジオ機器が開発されるようになりました。
なお、フェーザーは、実は仕組みの上でもサウンドの上でも、テープデッキとはやや異なります。
2台のテープデッキの一方を遅らせた場合、信号全体に遅延が生じることになります。いわば一方の信号全体をディレイに通した状態です。これに対しフェーザーは特定の周波数のみを遅延させる(位相を回転させる)ことで、元信号との位相差を生じます。
このため、厳密には特定周波数のみを遅延させるものをフェイザー、テープやディレイのように全周波数を遅延させるものをフランジャーとして区別しています。
出展:Instant Phaser Model PS101マニュアル(1972年版)
機能概要
Instant Phaserプラグインは主に上下2段に分かれ、上段が実機のパネルを再現し、下段にはプラグインに固有の追加機能がまとめられています。
以下はユーザガイドに代わるものではなく、パネルを見ただけでは自明でないように思われた機能をいくつかピックアップしてみます。
3種類のモード
プラグイン・ウィンドウの右上には”MODES”と記されたプルダウンメニューがあります。
モデリング元の実機にはMain/Auxの2つの出力があり、フェージング回路はMainが8段、Auxが6段となっており、必要とするサウンドに合わせて使い分けることができました。
Instant Phaser MkIIのDeep/Shallowモードはそれぞれ、このMain/Auxからの出力を再現しています。また、ステレオ・プラグインとして実行時にのみ有効になる第3の選択肢であるWideモードでは、それぞれの出力が左右のチャンネルに割り振られます。
フェージングの制御方法を選択可能
一般的なフェーザーは、遅延させる周波数を内蔵のLFOで周期的に変化させるものが主流かと思います。また、プラグインになると内蔵LFOをホストDAW のテンポに同期させられるものもあります。
Instant Phaserでは右側のMod Sourceスイッチを切り替えることにより、次の方法でフェイザーの動作を制御できます。
Oscillator
一般的なLFOです。ホストDAWとの同期時は拍数での指定も可能です。
Remote
MIDI CC1(MODホイール)を使用してフェーザーを制御できます。
余談ながら、プラグインのRemoteブロックにはOFF/ONスイッチがありますが、実機はこの場所にフォーンジャックがあり、シンセサイザーの出力などを入力できるようになっていました。プラグインでは後述するサイドチェインを使用してこれと同様の効果を得られます。
Manual
パネル上△やφマークが刻印されたブロックのノブでフェーザーを操作します。
フィジカルコントローラなどを使用すると前述のRemoteと似た感覚で操作することになるでしょうが、DAWのオートメーションなどを使用する際はManualノブの方がより高精度であったりと、使い勝手のよい場面もあるかもしれません
Envelope Follower
フェーザーの周波数を、入力信号のレベルにより操作します。また、細かい挙動はThreshold, Releaseの2つのノブでチューニングが可能です。
端的に言うと、オート・ワウに似たタイミングでフェージング周波数が変化します。
プラグイン固有の機能
Instant Phaserには、実機にはないプラグインならではの機能もいくつかあります。
Ageノブは、機器の経年劣化をシミュレートします。
このパラメータは0~100%の範囲で設定が可能で、デフォルトの25%ではモデリング時点(2018年?)における1971製モデルの挙動を、0%では製造当時の音を再現するとされています。
なお、このパラメータは80%を越えた辺りから徐々にフェイザーの中心周波数が不安定になり、最大値付近ではロボットボイスのようになります。
また、下段のサイドチェインを有効にすると、別のトラックなど外部入力の信号レベルに応じてフェーザーが変化します。たとえばボーカルトラックに挿したInstant Phaserのかかり具合が、複雑なリズムパターンのループに追従するような効果も実現可能です。(ボコーダーにリードシンセとドラムループを送る定番テクほど劇的ではありませんが…)
所感
さすがに大手がこのタイミングで投入してきた製品だけあって、MIX用フェーザーとして「使える」音であることは間違いないと思います。ひと昔前のプラグインに感じる無味乾燥な感じはなく、掛けた効果を実感できながらも大変スムーズで、適度にトラックになじむ印象を受けます。
即戦力といえば思い出されるのが、当ブログでも度々話題にしたSoundToysです。同社バンドルにもPhaseMistressという製品がありますので、比べてみることにしました。
まず、最も大きな違いは、パラメータの数でしょう。デフォルトのウィンドウを見る限りではさほど変わらないようにも見えますが、SoundToys製品に固有のTweakボタンや、動作モードを変えたときにのみ現れるノブなども加えると、フェーザーの動作タイミングに関する柔軟性の違いは一目瞭然です。
また、PhaseMistressの方は強力なレゾナンスフィルターを備えており簡単にミョンミョン言わせられ、飛び道具系エフェクトしてはかなり強力です。
一方で、単体でアナログ感を演出しようとすると多数の選択肢を備えたANALOG STYLE機能をもってしても、比較的クリーンでお行儀のいい範囲を出ないように思われました。
ミックス中において、やや味に欠けるサンプルに存在感を加えたい、かつ テンポ同期は特に重要ではない場面においては、Instant Phaserの方が素早く目的とする音を得られるように感じました。
まとめ
- Instant Phaserは、Mojoを期待して気軽に挿せば、まず裏切られることのないミックス用フェーザー
- PhaseMistressは、トラック制作中に大胆なサウンドメイクに使えるお行儀のいい変態サン
と、それぞれ互いに干渉することなく棲み分けができるように思われました。
とはいえ決してInstant Phaserがエグいわけではなく、適度に存在感があります。薄っすらかけるもよし、またディレイ/リバーブに代わるワイドニングの手段として備えておくもよし、と感じました。
少なくとも近年はトラック制作よりもミックスする機会が多い筆者自身は、今後しばらく動きに欠けると感じたパートに直面した際には、まず真っ先にInstant Phaserに手が伸びることになりそうです。
〇長所
・フェージングから軽いステレオ・ワイドニングまで用途は多彩
・適度に味がありながらも、上品でスムーズ
〇 短所
・DAWホストとの同期機能はあるけど、リトリガーの使い勝手が悪いような…