本エントリは、VST/AAXプラグイン Signum Audio “BUTE Limiter”の機能紹介と、簡単なレビューです。
製品概要
メーカであるSignum Audio社は英スコットランドに拠点を置き、これまで25年以上に渡りソフトウェア、およびオーディオ関連製品の開発を行ってきたメーカです。
数年前からは主に放送分野におけるラウドネス規制に対応するためのアナライザやポスプロ向けツールを提供しており、今回の製品もそれら製品で培った技術をベースに開発されたと思われる、リミッティング専用のプラグインです。(開発の背景に関する考察については、のちほど改めてご紹介致します)
操作は非常に簡単で、スレッショルドとインプット・ゲインの2点を設定した後は、数種類のアルゴリズムから選択するだけ…というのが主な使用方法になるかと思います。
デフォルトではリリースタイムがAUTOに設定されており、これをオフにすることで任意の数値を入力することも可能ですが、アルゴリズムを最大限活かすためにはAUTOのまま使用することがほとんどになるかと思います。
GUIも過不足なく、入力レベルとゲインリダクションの量などのグラフの履歴表示が便利に使えます。 このグラフが表示するのは、よくある「過去〇〇秒分の入力」ではなく、ホストDAWのタイムラインと同期するかたちでグラフが保持されます。再生位置を巻き戻した場合などはスクロールするグラフの前方にタイムラインよろしく前回再生時のグラフが表示され、それをどんどん上書きするかたちで表示れます。このため、設定を変えて再度再生したときの変化もわかりやすくなっています。
もう一点、ややユニークな機能としてAUTO設定によるリリースタイムの変化がリアルタイムで変わる様子もGUIに描画されますので、このあたりの動作に関心があれば一見の価値はあるかもしれません。
寸評
同社の先発製品は、ラウドネス・アナライザをはじめ、いずれもラウドネスが±数dB以内にあることが必須となる放送分野で使用されることを念頭にマーケティングされていることは、おおよそ自明であるかと思います。
主観であり、また技術詳細は割愛しますが、デジタル・リミッターの中でもTrue Peakに対応するものはどうしても音質が犠牲になりがちかと思いますが、BUTE Limiterに関してはその限りではりません。おそらく、クリーンでありながら放送分野の厳しいTrue Peak基準をクリアしたいという要請から生まれた製品と思われます。
これは言い換えれば、-24LUFSという風に、音楽配信や、ましてCDでは考えられないように多大なマージンのある素材を取り扱うユーザが主なターゲットであることを意味します。
このためか、6dBかそれ以上のゲイン・リダクションをコンスタントに行うような場合、音楽性を維持するのがやや難しいように感じられました。これはPSP Xenonなどにも通じることですが、歪みが生じないことを担保するためかリリースタイムは比較的長いように感じられました。上記のような極端なゲイン・リダクションを行う場合、ピーク単位で処理するというよりは信号全体のレベルが下がるようなサウンドになり、このため「音をサチュレーションさせてもいいのでInput Gainの入力に応じてRMSも上げたい」という場面にはあまり向かない印象を受けました。
完全に推測にはなりますが、同社の先発製品において、素材のラウドネスをバッチ処理する製品群に搭載したリミッターのナチュラルさが評価を得たため、リミッター機能を単体で切り売りする考えに至ったのではないか、またそのために機能性の割には低廉に思われる価格設定になったのではないかと思われるます。
このため、BUTE Limiterのアルゴリズムはいずれも音楽コンテンツでの使用を想定しておらず、ある意味「良くも悪くも非音楽的」であるように感じられました。
この点を説明すべく(当ブログにしては珍しく)具体的な用例を挙げてみます。
実はつい最近、ある2mixをYouTubeとニコニコ動画、両方に向けて最終調整をさせていただく機会がありました。 (「マスタリング」というとおこがましいので、あえて「最終調整」とします)
ご存じのようにYouTubeは現在、すべてのコンテンツを-13~13.5LUFS程度に揃える仕組みが導入されています。
調整前の2mixはピークノーマライズすると-15LUFS程度でしたので、これをYouTube(あるいは多くのAAC圧縮)のガイドラインに沿ってTrue Peakを-1dBFS程度としながら最大限のラウドネスが得られるようにするには、ごく数か所1,2dBほど超過する部分を削る必要が生じました。このようなリミッティングに使用する場合には、BUTE Limiterを使用し、ウワサどおりに副作用がまったく感じられないリミッティングを行うことができました。
続いて、同じ2mixをニコニコ動画向けに調整しようとしたところ、こちらはナチュラルとはほど遠い結果となりました。あまり追加の編集に時間が掛けられなかったこともあり、こちらは最終的にはサウンドは大きく変わったものの、少なくともBUTE Limiterほどにはビートを破綻させず、またゲイン・リダクション分の体感音量は得られたiZotopeのOzone8 Maximizerで対応することになりました。
ただし、よほど特殊なジャンルの音楽を扱うのでなければ、今後デジタル・リミッタの使い方としてはYouTube向けの調整に施した形式のものが主流になると思われますので、そのような場面で活用できる高精度かつ低価格なリミッターとして、BUTE Limiterは手元に置いて損はない製品と思われます。
2019/8/23追記:Sound On Sound誌9月号にBUTE Limiterのレビューが掲載されました。どちらかというと放送向けを意識したであろうGUIの特殊性…たとえばパラメータとしては入力ゲインよりもスレッショルドが上位にある設計などに言及しつつも、ログを遡ることでリミッタの影響範囲を確認できる視認性の高さや、お値段以上の品質に対して、概ね好評でした。
総評
長所
- クリーン
- 低価格
- セーフティ・リミッタとしてはGUI、パラメータともに過不足なく簡単に使用できる
短所
- (いまさら)音圧戦争に参戦すべくバキバキに音圧を上げることを期待する製品ではない
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Signum Audio BUTE Limiter