製品レビュー:DynOne by Leapwing Audio

CenterOne、StageOneといった謎技術ユーティリティでおなじみのLeapwing Audioによるマルチバンドコンプ DynOneのレビューです。

2020/5/11追記:本エントリは、画像を含め旧バージョンをベースにしています。Ver.3での変更点については後半の追記部分をご覧ください。

製品概要

DynOneは、基本的には帯域固定のマルチバンド・コンプレッサです。

メーカのサイトでは、筆者の敬愛するマスタリング・エンジニアBob Katz氏も、次のようなコメントでお墨付きを与えています。

「自然にラウドネスを上げたいならDynOneをお勧めします。これまでに聴いた中でもっともトランスペアレントなパラレル・コンプレッサで、ごく自然にレベルを持ち上げられます。ってゆーか自然すぎて本当に挿さっているのか疑っちゃうレベル!」(超意訳)

5つあるバンドは、最高品質のFIRを実装したとされるクロスオーバーにより分割されており、それぞれ160Hz、800Hz、4kHz、11kHzに固定されています。

個々のバンドは5つまとめて、あるいは選択した任意のもののみをリンクすることができます。また、GlobalタブにあるWEIGHTINGスライダにより、シングルバンド・コンプレッサに近い動作に切り替えることも可能です。

アタック・タイム、リリース・タイムは、それぞれピーク/RMS別に設定します。 また、レベル検出時にピーク/RMSのどちらに重みづけを行うかも、GLOBALタブのDETECTIONスライダで調整できます。

ピーク/RMSのタイムを個別に設定??

DynOneのように、ピークとRMSそれぞれに対して異なるタイムを設定できるダイナミクス・プロセッサは、割合としては少ないもののコンセプト自体は新しくありません。

たとえば、アルゴリズムが完全移植されたことで昨年話題となったWeiss DS1-MK3にもリリースタイムのみではありますが同様の機構が搭載されています。また、これを模したのかTDR Kotelnikovにも似たようなパラメータが存在します。近年では、究極のマルチバンドコンプレッサ(ただし難解すぎィ)と評価の高いDMG Audio Multiplicityでもこれを可能としています。

以前よりアナログ機器でも、これに似たような機構としてアタック、リリースをオートに設定できる製品もそれなりに存在はしますが、正直なところ筆者自身がこれまでにオート・アタック/リリースがハマったと感じた場面は多くありませんでした。

DynOneも備えるアタック・リリースの設定方式は、特にマスタリング向けのダイナミクス・プロセッサにおいて今後目にする機会が増える予感がします。

パラレル・コンプの意義

突然ですが、筆者の考えるDynOneの強みをご紹介する前に、あらためてパラレル・コンプレッションの意義についておさらいをしてみましょう。

コンプレッサの用途として「スレッショルドを越えた信号を小さくすることで、音量の大小差をなくす」と説明する文面は、誰しもご覧になったことがあるかと思います。一般的なコンプレッサはまさにこの通りのはたらきをするのですが、大きい音を潰しにかかると、アタックが変形したり、サステインの表情が変わったり、さらには設定がまずいとポンピングまで生じたりと、必ず副作用が伴います。これはダイナミクス…つまり押し出し感やピークの情報を維持したまま、むしろ小さすぎる箇所だけを肉厚にして、全体的に線の細い音に対処したい場合は有効なアプローチではありません。

そこで、パラレルコンプレッションという手法がとられます。これは(多くの場合、強度の)コンプレッションを掛けた音を、処理前の原音に少し混ぜ込むことで前述のようにレベルの小さい信号をより鮮明にします。一定のレベルに圧縮して平らに近づけたサウンド(Wet)を、元の大小差のある信号(Dry)に混ぜ込むと、ピークの形は維持したまま、大小部分の比が縮まることはイメージできるかと思います。

使用感

さて、DynOneのレビューに戻ります。

同製品は多少のレイテンシはあるものの、基本的にはトラックにも2MIXにも等しく使えるとされています。しかし、その強みは

マルチバンドのパラレル・コンプレッションを、素早く行うためのパラメータを過不足なく揃えていること

にこそあると思います。

DynOneは通常のマルチバンド・コンプとしても使えますが、GLOBAL設定下にあるPARALLEL COMPRESSIONモードのチェックを入れると、各バンドのフェーダをすべて下げた状態でも音が出ることが確認できます。これがDryな元信号です。 ここに、厚みを増したいバンドのフェーダを上げながら、必要に応じてWet信号のパラメータを設定することになるかと思います。

冒頭で紹介したBob Katz氏のコメントでは大幅なゲイン増が可能ともとれるように紹介されていましたが、筆者としては、劇薬ではなくさりげなく使ってこそ真価がわかりやすい製品であるように感じました。

自然なままもう少しだけ肉厚にしたい(欲をいえば、かつスピーディーに…)という音源に対峙したときに、この上ない力を発揮するでしょう。この用途に特化したツールとしては、大変優秀だと思います。

レベル・マッチングのアシスト機能

ところで、同製品を試用することがあれば、GUIを見ただけでは自明でない、地味でありながら大変有効な機能をひとつお試していただきたいです。

Input/Outputそれぞれのレベルメータの下には、Shor Term LoudnesがLUFSで表示されますが、これのOutput側の数値をCtrl+クリックすると、入出力の差分が表示されるDELTAモードに切り替わります。

Ctrl+クリックにより入出力の差分を表すDELTA MODEに切り替わります。

最終的には手動操作を要しますが、この数値がおおよそゼロになるようOutputのフェーダを調整すれば、入出力のレベルマッチングを比較的簡単に行うことができます。これにより、レベル差に騙されて派手になったと勘違いして失敗することを回避できます。

開発者がその気になれば、近年他の製品にもよく見られるような処理前後のラウドネスを自動的に揃える機能は、おそらく簡単に実装できたものと思われます。しかし、筆者が知る限り、曲のどの部分をスキャンするかによって結果が変わったりと、過信できるものはありません。DynOneが示唆するように、作業対象の部分部分で必要に応じて目視確認する方が、結果的には早く正確であり、特にシビアなレベル設定を行う上では賢明なデザイン判断であったように思います。

DynOneを試してはみたいけども!

…どこから手を付けてよいかわからない場合は、古い市販タイトルのセルフ・リマスタリングを試されることをお勧め致します。

まず、適当に選んだ、CD黎明期のポップスをDAWに読み込みます。使用する曲は、音は十分にクリアなのだけど、(海苔波形とまではいかないにしろ)現代の基準ではダイナミクスが大きすぎて音の線が細く、少し隙間が広すぎると感じるような音源がいいでしょう。

これに対し、プリセット “Mastering > More Excitement” を使用すると、わずかな調整で適度に引き締まるのが実感できるのではないかと思います。

なお、プリセットを読み込んだ後の掛かり具合の加減はInputレベルで調整できます。
その際、Shiftを押しながらInputフェーダをドラッグすると出力側が逆方向に上下するので、出力レベルは大きくは変わりません。最後には前述のDELTAモードを見ながらOutputを調整し、入出力レベルをきっちりと揃えます。レベルマッチングした上でバイパスをオン/オフすれば、DynOneの力をある程度、評価していただけるのではないかと思います。


長所

  • 2MIXのマルチバンド・パラレルコンプを、すばやく、カンタン、キレイに
  • 特にダイナミクスを損なうことなく厚みを増したいソースに対して効果的

短所

  • バンド固定のため、FabFilter Pro-MBといった他者製品では可能なサージカルな使い方…いうなればDynamic EQに近いような使い方にはまったく向かず、棲み分けが必要 ←Ver.3で各バンドのクロスオーバーが可変になりました。

Ver.3での変更点(2020年5月11日)

2019年秋頃のメジャーバージョンアップにより、次の点が変更されました。Ver.2からのアップグレードは無料となっておりますので、まだの方はアップデートされることをお勧め致します。

  • 5つのバンドのクロスオーバー周波数が可変になりました。また、不要なバンドはバイパスするだけでなく、完全に無効にできるようになりました。これにより、任意のバンド数を持つコンプレッサとして使用できるようになりました。
  • Center-Sideモードの追加:概念としてはM/Sモードに似ていますが、センターとサイドの分離には、同社がCenterOneで培った独自の技術を採用しており、より自然な処理が可能となっています。
  • Master Qualityモードの追加:処理時の品質設定に、従来よりもさらに精度の高いモードが使えるようになりました。ただしCPU負荷は非常に高く、バウンス時にのみ切り替えて使うのが現実的かもしれません。
  • 処理後の5つのバンドを個別に出力できるようになりました。これにより、特定のバンドのみ別のプラグインでさらに追加の処理を行うといったことができます。

上記以外にも、各バンドに対応するパラメータがフェーダ直下に配置されたりと、細かな点でエルゴノミクスも改善されています。(Ver.2までは、垂直なフェーダの下に、各パラメータが水平に並ぶという、やや直感的でないレイアウトでした)

以前筆者はトランジエントに影響を与えることなく、ミックス中の細かったり遠かったりするパートのみをテコ入れできるツールとしてDynOneを紹介させていただきましたが、その後も活用しております。本日もVoだけがやや遠い2Mixのセンターセクションのみパラレル処理することで、「上から潰す」式のコンプレッサやEQでは得られない自然さで補強をすることができました。

本エントリの執筆よりそろそろ1年になりますが、特に2Mixを取り扱うことが多い方には、引き続き強くお勧めできる製品であり続けています


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