昨日のブログ・エントリでは、過度にコンプレッサに依存せずオートメーションによりレベル調整を行うことのメリットについて紹介しました。
さて、いざこの作業を実践しようとするとオートメーションによりレベルを制御できる箇所がDAW中に複数あることに気付くかと思います。クリップ・ゲイン、トラックのボリューム・フェーダ、あるいはその気になれば、プラグイン・エフェクトのInput/Outputの動きも自動化できなくはありません。
それらのうち、どれを使うのが合理的でしょうか?
結論から言うと、それぞれ一長一短あるため、目的に応じて手段を選択する必要があります。
筆者の経験に基づく私見も含むかもしれませんが、これから取り組まれる方の時間短縮に役立てば幸いです。
クリップ・ゲイン
→初期Gain Stagingを目的とするとき
Gain Stagingの対訳は(おそらく)存在しませんが、大雑把には「レベル管理」、
もう少し具体的には、各工程でのレベルを適切に保つことを意味します。
本旨からはずれるため詳細は割愛しますが、プリ・マスタリングを経てマスター(最終的な流通媒体)に収まるまでに生じる中間ファイルには、おおよそ適切とされる信号レベルが存在します。
ミックス中のDAWにおいては、
- フェーダはすべて0位置
- ノンエフェクト
の状態で、ある程度パート間のバランスがとれており、かつマスター・バスのメータがOVU@-20dBFS付近で振れるところから作業を開始することで、複数のメリットがあるとされています。このようなミックス初期のバランス調整は、クリップ・ゲインの操作により行うことが妥当でしょう。
打ち込みのトラックなどは固定値のゲイン調整で事足りることもあるでしょうが、演奏時のレベル変動が大きいボーカルなども、裸の状態でもある程度バランスが取れているようにすることは意義があるように思われます。
数ある理由の中でも最も自明なものとしては、後段のコンプレッサの掛かり具合が均一になることが挙げられます。クリップ・ゲインの段階である程度レベルの強弱をなくしておくことで、必然性なくコンプ感の強弱が生じることを回避できます。逆に言えば、クリップ・ゲインのオート―メーションは「コンプの掛かり具合」を任意に操作する上でも有効です。
コンプなどによるダイナミクス処理を行わないトラックにおいてもクリップ・ゲインでレベル調整を行う副次的なメリットとして、たとえばPro Toolsの場合は表示される波形の幅もリアルタイムで増減するため、ざっくりレベルを均すような作業時は目視でもアタリをつけやすい点などが挙げられます。
ボリューム・フェーダ
→パート間のバランス調整、表現の作り込みを目的とするとき
ボリューム・フェーダを使えば、前述の「コンプ感」に影響することなくパート間のバランスを調整したり、演奏ニュアンスを作り込むことができます。
声楽曲でもなければ、今時たいていの楽曲ではレベル抑制やサウンドメイクを目的に、なにかしらのダイナミクス・プロセッサを使用することになるでしょう。たとえばオケに埋もれないよう、もう少しボーカルのレベルを突きたい場面において、すでに高レシオでボーカルのレベルが叩かれていればクリップ・ゲインを上げても目的を達成することは難しいでしょう。
音のトーンを変えることなくパート間のバランスをとる、あるいは抑揚を表現するならトラック・フェーダを使うのが合理的です。
もちろん、場合によっては理想のサウンドに近付けるため、クリップ・ゲインとトラック・フェーダのオートメーションを併用することも考えられます。
その他:Trimツールなど
クリップ・ゲインはエフェクト・チェーンの先頭で、またトラック・フェーダはトラックの末尾でレベル調整を行います。これらのみを使用し、エフェクト・チェーンの途中でレベルを操作するにはどうすればいいでしょうか?
一旦トラックを専用のバスに送るなどすればフェーダの後にエフェクトを配置することも可能かもしれませんが、たかだかレベル操作を行うことが目的であれば、やや繁雑に思われます。
このような場合、ボリューム調整専用のプラグイン(Pro Toolsにおける”Trim”など)を使用し、プラグインのゲイン値を制御することができます。これらのプラグインはエフェクトのひとつとしてシグナル・チェーンに組み込まれるので、プラグインの接続順を自由に変更しやすいというメリットもあります。