やや長いですがCD-Rブランドで音は変わるのか?に関する考察です。
基本的にはコピーによる劣化がないはずのPCMデータも取扱い方によっては音質変化があるとされ、その原因については諸説あります。また、コピーを重ねると劣化が生じるとも…
光学メディアに限らず、本当に注意すべきはどの点か、また実は問題の根本とは無関係なのはどの点か、考えていただくきっかけになれば幸いです。
書籍「とーくばっく~デジタル・スタジオの話」収録「CD-Rブランドで音は変わるか」より、著者承諾を得て転載
いまさらですが…CD-Rはブランドによって音が異なるのでしょうか?
私自身はといいますと、以前は絵に描いたような懐疑派でした。その後の経験を通じてCD-Rのブランドで音が異なる「場合もある」と理解しています。
以下は、CD-Rに対する考えを改めるに至った個人的な体験や、そこから得た考察についてのお話です。すでにご自身の結論をお持ちの方も、今後も懐疑派を貫かれる方も、リラックスしてこの小噺をお楽しみいただければ幸いです。
スタジオでの比較実験
いまから10年ほど前、私はあるスタジオにアシスタントとして一年半ほど在籍していました。このスタジオは一般向けに開放されたものではなく、とある放送局が自社コンテンツの制作用に擁していたものですが、48chのSSL9000Jを備え、ちょっとしたアンサンブルから小規模なオーケストラまで生楽器中心の収録を日常的にこなす、立派なスタジオでした。
その局では、全社で使用するCD-Rを特定のブランドに統一し、自社ロゴを入れたものを大量調達していました。商品名は失念してしまいましたが、記録面がいまや見かけなくなった上品な金色で、確か三菱化学製だったように覚えています。
その社内標準品が、ちょうど私の在籍中にディスコン(製造中止)になることが決まったとの報を受け、急遽スタジオ・スタッフが代わりになるブランドを選定する必要が生じました。
まず、納入業者に各ブランドのサンプルを数枚ずつ収めてもらいました。十数種あったかと思います。次に、それぞれに同一条件でデータを書込みました。書き込む際にはCDライタの温度条件などが等しくなるよう、一枚書き込むごとにPCをシャットダウンして一定時間放置し、起動からン分後に書込みを開始するという徹底ぶりでした。
こうして同じ条件でデータを記録した各種ブランドのCD-Rが一通り揃うと、スタジオのコントロール・ルームにスタッフを集め、備え付けられたGenelecのラージ・モニタでの大試聴会が行われました。
CD-Rをランダムな順で再生機に入れるのは、下っ端だった私の役割でした。
再生するブランド名は評価を行うスタッフには告げず、コミュニケーション時には、それぞれの盤に割り振った通し番号を使用します。時折、比較のために「○番の盤、もう一度かけて」といったリクエストに応えることもありました。
実のところ私自身は、この時点でもまだ有意な差があるかどうか半信半疑でした。が、これだけの設備、これだけの大掛かりな品評会となれば、もしや差がわかるかも?あるいは自分だけ判らなかったらどうしよう?と、期待と不安の入り混じる複雑な心境でした。
そうしてCD-Rを入れ替えて再生するたび、親方、先輩、兄弟子方がウーンと唸ったり、クスっと笑ったり、ときには「これはないわー」と口にするものですから、純粋なブラインド・テストの体をなしていたかは今も疑問が残りますが、ともかく各々、手元の評価シートになにやら書き込んでいくのが見えました。
一方、CD交換係の私は、スピーカの軸から大きくはずれ、再生機の設置されたコントロール・ルームの隅っこの方で聴いていたので…もとい、これが理由と願いたいのですが、なんとなく差異が聴こえるような、ないような、はっきりしない気分で聴いていました。当時プラシーボの力を非常に強く信じていたので(それ自体は現在も変わりませんが)おそらくそれがかえって違いを素直に受け入れることの妨げにもなっていたのでしょう。「そんなに一喜一憂できるほどの差があるかなぁ?」と不思議に思いながらCDを入れ替える作業を続けました。
ちなみに、再生に使用していたデッキが古くCD-R特有の色素から反射するレーザを認識しづらいこともあり、半数とまではいかないまでも結構な数のブランドではTOC(CD-R内周に書かれたトラック情報)が読めず、スタートラインにすら立たせてもらえないうちに次期・自社標準品の候補リストから消えました。局内には古い再生機も多数ありましたので、音質以前に確実に再生できることも重要なポイントだったのです。
さて、そうこうするうちに、1枚のなんとも摩訶不思議な盤に直面します。
テストに用いた音源は、冒頭に完全にドライな(=一切リバーブのない)小編成のストリングスが奏でるフレーズで始まるのですが、このブランドだけが再生開始から早々に、ピッチが完全にヨレるのです。
高級なストリングス音源を評してよく使われる「Lush」がまさに元音を形容するにふさわしいなら、このCD-Rの手にかかればその演奏もヘニョヘニョ~ン。
テープに例えると1桁Hzの周期で揺れるワウ・フラッター、あるいはFM/ウェーブ・テーブル・シンセシスで遊んだことのある方は、再生速度を低周波で軽く揺らしたような音をご想像ください。
この盤がかかった途端に一同爆笑。このブランドは、それまでにない速さで候補リストからはずれました。
さて、気になったので後日再検証したのですが、このブランドのCD-Rを特定の再生機と組み合わせた場合に限り、何枚焼いてもまったく同じようにピッチがヨレるのです。
さらに、リッピングすれば書き込み前のデータとバイナリ一致したのもまた、何枚焼いても同様でした。
以上、この一件をきっかけに、私はCD-Rのブランドが音質…というより、もっと広義に再生機の出力に及ぼす影響について、考えを改めるに至りました。
余談1:品評会の結論は、ディスコンになったものは仕方ないとはいえ、選定した盤のいずれもが、それまで使用していた例のゴールド盤には遠く及ばない、というものでした(消去法で選んだ盤がどのブランドだったかも、残念ながら失念しました)。
余談2:お詳しい方からは「テストしたCD-Rメディアに対応するライティング・ストラテジが、ライタ側のファームウェアに登録されていたのか?」などと突っ込みを頂戴しそうですが、他の粗ともども、若気の至りということでご容赦ください…
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