MeterPlugs社による再生音量プレビュー・ツール “Loudness Penalty“の機能紹介とレビューです。
はじめに
本製品は、配信プラットフォーム別の再生音量をシミュレートするために、DAWマスター・バスの最終段に挿入するプラグインです。
当ブログにしては珍しく、製品の紹介はさせていただきますが、特に購入をお勧めするものではありません。なぜなら、このツールの意義を正しく理解し使いこなせる方のおそらく9割は、すでに同様のタスクをより効率よくこなせるものと思われるためです。
しかし、逆に意義をご存じない方には本製品の用途が掴みづらいと思われたこと、また筆者の想像では半分実用、あとの半分は啓蒙を目的に制作されたツールであろうことから、情報補完を目的にこのエントリを記すことにしました。
背景
現在、インターネットの配信サービスの多くは「ラウドネス・ノーマライゼーション」という仕組みを導入しており、これによって異なるコンテンツ間の体感音量がおおよそ揃うよう、自動的に再生時のレベルが調整されています。
ここであえて「楽曲」ではなく「コンテンツ」、レベルを「下げる」ではなく「揃える」とした理由は野暮になるので割愛します。また「ラウドネス・ノーマライゼーション」の概念を初めて目にされる方は、この辺りをご覧ください。
この仕組みへの対応として、配信サービスごとにマスターを最適化できれば理想的ではありますが、現実にはマスタリングの労力が増えることになりますし、まずなにより、主要なコンテンツ・アグリゲータ(各サービスへの配信を代行する業者)の多くは単一の共通マスターの入稿しか許可していないのが実情です。このようなこともあり近年は、ターゲット・ラウドネスをどこに定めるかが各所で話題になっていました。
製品概要
Loudness Penaltyは、ミックスやマスタリング中にホストに立ち上げて使用するプラグインで、現在バスを流れる音源が、配信サービスで流れる際にどのようなレベルで再生されるかを手軽にプレビューするためのツールです。
本製品の使用時には、一般的なラウドネス・メータでIntegrated Loudnessを計測する場合と同様、一旦楽曲全体を通してレベルをスキャンする必要があります。これを行うには、まずDAWの停止中にプラグインのResetボタンを押してから、トラックの頭から末尾まで楽曲を再生します。
ここまでの作業が完了すると、画面上には主要な配信サービスにおいてレベルがおおよそどのように上下するかが数値で表示されます。また、Previewボタンを押してから各サービス名をクリックすれば、実際の音量変化を聴くことができます。
なお、このまま音声ファイルを書き出してしまうとプレビューにより音量が変化したままのファイルができてしまいますので、書き出し前にはプラグインをバイパスするようご注意ください。
寸評
ラウドネス・ノーマライゼーションについてよくある誤解が、これがなにかしらのDe-compressionを行うというものです。おそらくこの仕組みが度々「音圧を下げる」ものとして説明されていることと無関係ではないかと思います。
実際には楽曲の頭で再生音量を一度変更しているだけですので、本質的にはテレビやラジオ局のエンジニアが曲を繋ぐときに手動で行っている作業と変わりません。強いて言えば、その後に放送用のリミッターを通ったりすることがない分、トラック本来の表現が維持される点では電波放送よりマシといえるかもしれません。
さて、すでにラウドネス管理をワークフローに取り入れている方であれば自明かもしれませんが、このようなレベル管理や再生時のレベル差を再現する作業は、特別なプラグインを必要としません。Integrated Loudnessを計測できるラウドネス・メータ(これはフリーのものからDAW内蔵のものまで無数にあります)、各サービスの規定レベル一覧、加えて電卓さえあれば、同様の処理は一般的なGainプラグインのBypassボタンでも行えます。むしろ、筆者のようにマスタリング時のラウドネス計測に iZotope RX などスタンドアロンのアプリケーションを使用していれば、毎回リアルタイムのスキャンを要する手段はむしろ手間が増えるお話です。
では、誰がLoudness Penaltyを活用できるでしょうか?
このプラグインの考案者であるIan Shephard氏は、マスタリング・エンジニアである一方、かなり以前から音圧競争の弊害に警鐘を鳴らしている人物でもあります。特にYouTubeにラウドネス・ノーマラゼーションが導入された…あるいはこの暗黙の変更にユーザが気付き始めた2015年初頭以降は、各社動向に関する最新情報をいち早く取り上げ、ラウドネス・ノーマライゼーションに抗ってまでリミッティングを行うことの不毛さを説いている、いわばソノ筋の第一人者です。
本製品と同一名称かつ、おおよそ同機能のWebサービスがしばらく以前から稼働しており、そこそこ人気を博しているとみられます。おそらくIan氏は自ら立ち上げたこのサイトへの反応を受け、業界「内」の理解をより得られればと新たな啓蒙ャンネルのひとつとして設けたのが、このLoudness Penaltyプラグインでないかと想像します。
筆者自身の想像力の乏しさは否定しませんが、個人的にこのプラグインで利すると考えられるのは、過度なリミッティングを要求するクライアントに対して、それに応じた場合の因果関係を手っ取り早く現場で示したいエンジニアぐらいではないかと思います。
前述のように、ことの本質を理解していればこの作業は特別なツールを必要としません。しかし、なんの色気もないGainプラグインと、各配信サービスの名称とリダクション量を数値で併記したGUIとでは、作業に立ち会うクライアントへの説得力が大きく異なるであろうことは想像に難くありません。
余談ながら、ラウドネス・ノーマライゼーションは本質的に「ユーザの利便性のために」再生音量を「揃える」ことが目的であり、よくいわれるようにラウドネス・ウォーとは切り離して考えるべきものです。それを誰よりも理解しているはずの氏が、わざわざPenaltyというネガティブなイメージを伴うネーミングを採用した背景にも思いを馳せてみたいところです。
寸評の締めくくりに、本製品のマニュアルについても書き添えておきます。
これも近年の動向を追っている方には目新しい話はないでしょうが、なんとなくプラグインを手に取られた(あるいは、もう取ってしまった)方にとって、本製品のマニュアルは、ラウドネス・ノーマライゼーションとの向き合い方についてよくまとまったガイドになっていると思います。
その中より、Ian氏が語る「計測した結果を見て、それでボクらはどう対処すればいいの?」といった問いへの返答を、抜粋意訳でご紹介致します。
各サービスの規定レベルは「ターゲット・ラウドネス」と呼ばれがちですが、これは誤解の元です。アコースティックなバラードとヘビーなロック、両方のレベルが揃うようマスタリングすることは無意味です。単一マスターですべてのサービスで最良のスコアを得ることは不可能ですが、個人的な経験からいえば、納得できる落しどころは見つかるものです。そして、どのようなアプローチを採用すべき目的次第です。以下ではいくつかの例をみてみます。
アプローチ1:すべてのサービスで最大限の音量を狙う
このためには、すべてのサービスで規定レベルを下回ることがないようにします。これはつまり、現時点においてはYouTubeの規定レベルに合わせることを意味します。この場合、YouTube以外のサービスではさらに再生時のレベルを下げられることになりますが、他のコンテンツも同様に下げられていますので、このこと自体は問題ではありません。また、ヘッドルームを持て余すことになりますが、メインストリームの楽曲において、これも懸念する必要はないでしょう。
逆に規定レベルが低いサービスの規定レベルに合わせた場合、他のプラットフォームでは意図するラウドさが得られない場合があります。
アプローチ2:ストリーミング品質と音楽的なダイナミクスを重視する
配信されている他のどのタイトルよりもラウドであることが重要でない場合、アルバム中の最もラウドな楽曲がTIDALでスコア0となるレベルにすることを推奨します。Loudness Penaltyが現在対応する配信サービスのうち、TIDALが最も高品質の配信を行っています。また同社はシャッフル再生時でさえもアルバム・ラウドネスを採用するため、製作者が意図するアルバム楽曲間のバランスも維持されます。(訳注:単曲のラウドネスしか参照しない配信サービスでは、アルバム再生時は楽曲間のバランスは維持されるものの、シャッフル再生するとトラック単位でラウドネスが揃えられます)
アプローチ3:最大限のダイナミクスと完全なる表現の自由
Loudness Penaltyが示すスコアを完全に無視することも可能です。一瞬バカげたように見えるこのアプローチも正当な手法です。制作した楽曲が、すべての配信サービスで意図したかたちで再生されない可能性さえ受け入れられればいいのです。どのような影響があるかあらかじめ知っておくために、一応はLoudness Penaltyでモニタしながら微調整を加えても結構です。ひょっとすると規定レベルを無視して思いのままにマスタリングを行っても、なんの問題がないことに気付く場合があるかもしれません。
蛇足ながらエントリの最後に「そういうIanはマスタリングのレベル、どうしてるの?」と思われた方のために、YouTubeに掲載されたLoudness Penaltyの ティーザー動画の統計情報を掲載しておきます。
なお、前述したようにLoudness Penaltyをクライアントの説得材料として導入される際は、視覚インパクトでは勝るとも劣らない…いや、むしろバツグンな同社製品Dynameterの併用をお勧めします。これは楽曲中のダイナミクス(Peak/RMS差)の変化を各色の帯でプロットするツールです。この帯の幅が瞬間ごとのダイナミクスを表すだけでなく、強くコンプレッションされたセクションでは彩度を欠いた灰色のような色で表されます。(余談ですが、近年はサビがこのように表される楽曲が目立ちます)
筆者のように、工程を問わず処理前後をK-20に統一して作業を行うタイプのユーザにとってはDynameterすら不要でしょうが、最も曲が盛り上がるべき箇所で、最もウ〇コ状にプロットされる画面はなかなか心情に訴えるものがある…かもしれません。
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