ラウドネス・ノーマライゼーション(以下「ラウドネス正規化)は、コンテンツ間の音量のバラツキをなくすためにテレビをはじめ各配信サービスが採用している仕組みです。このたび、2020年1月29日よりニコニコ動画においてもこの仕組みの運用が開始されることが同社より発表されました。
任天堂Switch用のニコ動視聴アプリでは以前より同システムが運用されていることは、以前に当ブログにて独自に検証し、ご紹介しました。
今回はWebプレイヤーも対応することになり、これまで以上に影響範囲は大きくなります。同時に、機能の詳しい仕様が同社より公開されているため、比較的似た位置づけでありながら仕様はまったくのブラック・ボックスであるYouTubeに比べると、コンテンツ制作者の対応は容易になるものと思われます。
本エントリでは、ニコニコ動画が採用したラウドネス正規化の仕様の概要、筆者所感に続き、クリエイター側での対策方法などについて簡単にご紹介いたします。
仕様の概要
詳細が気になる方は、公式ブログをご覧いただくのが確実でしょう。
おさらいのために概要だけ列挙しますと、おおよそ以下のとおりになります。
規定ラウドネス
-15 LUFS(Integrated Loudness)/ ITU-BS.1770準拠
レベルの増減について
コンテンツのIntegrated Loudnessが規定値を下回る場合、レベルの増幅は行いません。超過分の減衰のみ行います。
その他
ラウドネス正規化の運用開始にともない、それまではボリューム・フェーダのデフォルト位置が50%であったのが、100%に変更されます。
また、ラウドネス正規化はユーザが任意にオフにすることができます。
-15LUFSという規定値について
以前よりラウドネス正規化を運用している音楽配信プラットフォームで、ラウドネス正規化の仕様を公開しているサービスにTIDALが挙げられます。同社が現在、規定ラウドネスと定めている「-14LUFS」という値に至った経緯については、下記が詳しいです。
Analyzing Loudness Aspects of 4.2 Million Musical Albums in Search of an Optimal Loudness Target for Music Streaming
※AES会員は無料ダウンロード。非会員はUS$33(いずれも本稿執筆時点)
このペーパーによると、同社がアーカイブする400万枚以上のアルバムを計測し、また(被験者の抽出範囲は限定的ながら)実際に視聴テストを繰り返した結果、あらゆる年代、あらゆるジャンルの楽曲をシャッフルしても違和感なく聴けるレベルとして-14LUFSが採用されたそうです。
TIDALの他には、YouTubeが現在のところ-14LUFSを規定ラウドネスとしています。(ただしこれはユーザ検証により判明したものであり、基本的にYouTube社により仕様は公開されてません。これまで繰り返されたように、同社の気まぐれによりまた仕様が変更される可能性もあります)
一方、AES(簡単にいうと、世界中のオーディオ・エンジニアよって組織された協会)は、ストリーミング配信時の規定ラウドネスとして-16LUFSを推奨しています。
今回、ニコニコ動画が採用した-15LUFSという基準値は、ちょうどこれらの中間に位置します。
ご存じのように、ニコニコ動画では音楽コンテンツだけでなく、あらゆるジャンル…それも多くはアマチュア制作によるビデオが公開されています。中には音声レベルをあまり考慮せず、カメラで撮ったままの状態で公開されているものも少なくないかと想像します。そういった音楽以外のコンテンツも聴きやすく、しかしながら一般的な視聴機器にとって低すぎないレベルとして、-15LUFSはなかなか妥当な落しどころなのではないかと個人的には考えます。
ラウドネス正規化によるサウンドへの影響
今回公開された公式FAQにもあるように、ラウドネス正規化はコンテンツ全体のゲインを増減しているだけであり、サウンドへの影響はありません。この件については、関連するトピックの第一人者であるといっても差し支えないであろうIan Shepherd氏のブログでも言及されています。下記はYouTubeがラウドネス正規化を開始した際に書かれたものですが、ニコニコ動画の公式FAQに照らしても同様のことがいえそうです。
引用
It DOESN’T add extra processing
–Snip–
Some people feel things sound more compressed, or less bassy ? I’m pretty sure that’s just loudness deception.
意訳:
ラウドネス正規化は、音声に追加の処理を加えるものではありません。
(中略)
中には、コンプレッションがかかったように聞こえる、あるいは低域が減衰したと感じる人もいるようですが、これはおそらく音量差による聴覚の変化です。
ちなみにこのIan Shepherdさんは、去る2019年にリリースされ話題になった「Loudness Penalty」というラウドネス最適化補助ツールの考案者でもあります。以前に本ブログでも取り上げた同製品のレビューはこちらをご覧ください。
(近々、対応プラットフォームにニコ動も追加されるのでしょうか???)
たとえば現在までニコ動界隈で一般的であったようなマスタリングを施した楽曲であれば、今回の仕様変更により6~7dB、あるいはそれ以上の減衰が行われることも珍しくないかと思います。再生された動画をアップロード前のファイルと比べると、音量差によりサウンドが弱まったと感じられるかもしれませんが、これは再生機側でボリュームを上げれば元に戻るものであり、サウンド自体に変化はありません。
ラウドネス正規化を無効にするメリット
前述のように、ニコニコ動画のラウドネス正規化はユーザが任意に無効にできる仕様になっています。
これを無効にする意義があると思われる唯一のシチュエーションは、お使いの端末において、ニコニコ動画のどのジャンルの動画を視聴しても、明らかにスピーカやイヤホン端子の出力レベルが足りない場合です。
ただし、ラウドネス正規化を無効にすることは、 (今後は特に)場合によっては動画が切り替わるタイミングで10dB以上の音量差が生じる恐れがあることを意味します。イヤホンでの視聴時には、突然の音量差により聴覚を損なわないよう注意が必要かもしれません。
逆に、再生機器の最大出力レベルに特に不満がない場合は、同機能を無効にする意義はあまりないといえます。一旦、ラウドネス正規化を有効にした状態で自分が気持ちよく視聴できるところにボリュームをセットすれば、基本的には以降、突然の音量差に慌ててボリュームを下げるような心配はなく、安定して視聴ができるようになります。
余談ですが、今後「ニコ動を高音質で楽しむ方法!!」などと題し、ラウドネス正規化を無効にする手順を指南するサイトがいくつか生じるのではないかと予想しています。同機能が有効の状態に比べると、無効化した方が(特に音楽コンテンツは)再生音量が上がることにより良くなったと感じるかもしれません。しかし、これは本質的に機器側で再生レベルを上げることに等しく、また現状、機器の出力レベルに支障がない場合は利便性を損なうだけである点は、いま一度、強調しておきたいと思います。
音作りはどのように変えるべきか?
以下はあくまでも、今後ニコニコ動画視聴者の大半がラウドネス正規化を自らオフにしないことが前提になります。
今回ニコニコ動画が採用した-15LUFSという規定ラウドネスにおいては、デジタル・フルスケールをほとんど無視できるほどのヘッドルームが生じます。言い換えると、よほど特殊な構成の楽曲でなければ、「レベルを上げるためだけの」リミッティングがあまり意味をなしません。
図で説明すると、次のようになります。
このような状況下においては、次のような手順でサウンドメイクを行うことが効果的であると考えられます。
- 規定ラウドネスよりも、さらにヘッドルームに余裕のあるレベル(たとえば-18dBFS RMSなど)で最終的な音作りまでを終える。
- Integrated Loudnessが-15LUFSになるまで、リミッタで上げる。ただしここでは音作りはしない。
2020/9/2更新
「それだけじゃあわかんないよ!」いう方のための解説動画を作りました。