SSL Native Channel Strip 2のレビューです。
本稿では、表題の製品に限らず「21世紀のチャンネル・ストリップ論」を中心に、ワークフローの観点からSSLエミュレーションを使用する利点や、他社類似製品との棲み分けなどについて考察します。
チャンネル・ストリップとは
一般に「チャンネル・ストリップ」は、大型ミキシング・コンソールが各チャンネルに標準的に備えるゲイン、フィルタ、EQ、ダイナミックス(コンプ/エキスパンダ/ゲート)といった機能を一台に備えた機器を挿します。
プラグイン形式で提供されているものの多くは、一部の例外を除き実在するコンソールのチャンネルを模したものが大半なのではないかと思います。
※プラグインでしか存在しないチャンネル・ストリップの一例 Fuse Audio Labs: VCS-1
チャンネル・ストリップを使うことの意義
いまどきのEQプラグインはバンド数も実質無制限に使用でき、スペクトラム・アナライザを内蔵しているものであれば突出する帯域を瞬時に特定できます。コンプレッサも独創的なパラメータを備えたものが数多く市販されており、現在はそれらを自由に組み合わせて音作りができます。これに対し、チャンネル・ストリップが提供するEQはバンド数もQ幅も限定的です。さらにすべてのチャンネルに使えば、コンプレッサも同質のものを多数、使い回すことになります。一見するとこのように制約だらけのチャンネル・ストリップを、 いまの時代にわざわざ使用するメリットはあるのでしょうか?
それぞれの機能を複数のプラグインに分散させることに比べると、チャンネル・ストリップには「トラックの成型に用いる基本ツールがすべて一画面に収まっている」おり、カーソルさえ運べばすぐに目的とするパラメータにアクセスできるという利点があります。EQとDynセクションを並行して操作するとき、それぞれのウィンドウを個別に開く必要も、画面のどこに置いたかを探す必要もありません。あるいは後からコンプレッサを足したいと思ったときに、メニューからプラグインを選んでFXスロットに追加する必要もありません。おおよそ必要な基本ツールは、すでに目の前に用意されています。
ともすればクリック数を半減、あるいはそれ以下にも減らせることから大幅な時間短縮が期待できるでしょうが、それ以上のメリットとして、ツール間を往復することによる「思考の中断」を回避でき、よりサウンドに集中しやすくなると考えられます。
SSL謹製プラグインに限らず、同社のチャンネルを模した製品は、長年に渡り現場において実用性が認められてきたパラメータ群やEQカーブを採用していることを意味します。当然、実機に慣れ親しんだユーザであればただちに経験を活かしやすいというメリットはあるでしょうが、この「思考の中断が減る」という利点の前では実機と同じ音がするかどうかというのは、実はそれほど重要ではないように思います。
このように、トラック成型の基本ツールを一括提供しようという考えは、iZotope NeutronやFlux Evo Channelといった、モデルとなる実機が存在しない製品にも通じます。しかし、限られたディスプレイ領域をEQカーブやアナライザなどの視覚的な補助に割り当てる代わりに、タブや折り畳み形式を採用することで「すべてのパラメータに瞬時に手が届く」ことを諦めた設計であるともいえます。
また、Slate Virtual Mix RackやPSPaudioware InifiniStripのように、モジュールを組み合わせることで自分好みのチャンネル・ストリップをカスタマイズできるようにするというコンセプトの製品もあります。これらは自由度が高い一方、決まったレイアウトが存在しないということはすなわち、経験の蓄積が活かせない可能性があることを意味します。「時短や思考への割り込みを軽減するツール」としてチャンネル・ストリップを活用するという観点からは、選択肢の多さは、考えるよりも先に手が動くほどに使い慣れるまでの道のりを遠ざけることになるかもしれません。
余談ですが、筆者は以前にチャンネル・ストリップを中心に据えたワークフローを積極的に試してみようと思い、リリース間もない頃に前述のVCS-1を試してみました。機能も過不足なく、音もわりと気に入ったのですが、バンド数が多いわりにノブの配置に一貫性がないEQセクションだけはどうにもなじむことができず、積極的に使用するには至りませんでした。
サチュレーションについての一考
唐突ですが、先日あるPodcastで聞いた興味深い話についてお話ししようと思います。
番組中、Dolby Atmos向けミックスの経験について語っていたゲストのNick Rives氏によると、Atmosに挑んだ同業者の中でも、とりわけロックを主に扱うエンジニアの多くが「サラウンドになってバスコンプが使えなくなった途端、どうすれば慣れたロック・サウンドを作ればいいかわからなくなる」という壁に直面したそうです。
結果として、彼らはそれまでルーチン的に扱っていた定番バスコンプを見つめ直し、それらが「音に対してなにをしていたか、それが音楽にどのような効果をもたらしていたか」を再考することで、同じような音楽的効果を得るための異なるアプローチを模索して乗り越えた…ということを話されていました。
実はこれと似たような経験を、In the boxへの移行に苦労したミキサーの多くがされたのではないかと想像しています。
かつてアナログ時代には、制作の各工程において信号に対して段階的にサチュレーションが加えられていました。最も基本的な構成のスタジオでも、楽音はマイクプリ、コンソールのチャンネル(インライン・コンソールであれば2度)、マルチトラックのテープ、マスターテープを経由し、それぞれの段階で生じるサチュレーション(歪み)が自動的に累積しました。
ここでいう「サチュレーション」は、たとえばディストーション・ペダルのように明確な歪みや音割れとして知覚されるものではありませんが、発生した倍音は楽音の占有帯域を増やし、ピークは適度に減衰されました。こうしてマイクで録った「まま」の音に多段のサチュレーションを加えた音が、長年人々が聴きなれた録音芸術のサウンドとなり、さらにいえばそうして作られたサウンドを最大限音楽的に伝えるよう、再生機器側も進化を遂げてきたと考えられます。
さて、先のサラウンド・ミックスにおけるバスコンプ不在の件に話を戻します。
かつてのアナログ時代には、定番の機材を使うだけで意識せずともある程度は「売り物」の音に近づけられる面がありました。
その後、デジタル録音が普及して間もない頃、マイクプリを経てA/D変換されたママのトラックをPro Toolsで混ぜただけでは、全体的に音が空虚に感じられたことは、当時を知るエンジニアやクリエイターの多くが経験されたところではないかと思います。
これを補い、聴きなれた売り物の音、あるいは録音芸術の観点から魅力的な音にするために、どの段階においてどの程度のサチュレーションをトラックやマスターバスに加えるかを、ミキサーが意識的、能動的にコントロールする必要があるようになったといえます。
類似製品との棲み分け
さて、前項で述べたサチュレーションの意識的な管理という点に着目すると、チャンネル・ストリップを選択する際には「音の好み」とはまったく軸の異なる、よりワークフロー・ファーストの選択基準が生じてくるかと思います。
比較対象としてPlugin Allianceのbx_console SSLシリーズを挙げてみます。
BrainworxのSSLエミュレーションは、内蔵のハイパス・フィルタを無効にしても直流成分がカットされることは避けられず、またサチュレーションの程度は加減できるものの完全に無効にすることはできません。さらに、EQブーストは中心周波数以外の帯域の歪みにも影響を及ぼすことが確認されています。なにより、メーカ自身が「よりアナログ・フィールを得るために」プラグイン・インスタンスごとの特性に不確定性を加える機能の使用をユーザに推奨しています。
※詳しくはTMTに関するブログエントリを参照
これらより、往年のアナログ機器がそうであったように、 bx_consoleシリーズは軽微なサチュレーションを加えることで「通しただけで商業音源に近づく」ツールとなることを志向しているようにみえます。
筆者私見では、bx_consoleによって処理された音は、悪くいえば信号が若干なまり、良くいえば生音などのともすれば味気ない音源に対して「聴き慣れた録音芸術の音」に近づける効果があります。
これに対しSSL Native Channel Strip 2は、いかなる設定においても信号は非常にクリーンです。あくまでもトラックを素早く成型し、少ない手数でトラック間のバランスをとるためのユーティリティであるといえます。その際、クラシックの録音でも扱うのでなければ、サチュレーションの付加は別のツールに頼ることになるでしょう。
前述のVCS-1はこれらの中間にあり、サチュレーションの量やカラーを、少ないパラメータながら詳細に設定できます。これは、EQやダイナミクスといった従来のチャンネルにありがちなツールと同様に、サチュレーションの量や質もミックスの基本バランスを組む際に重要なひとつであるという思想がうかがえます。筆者は触れたことはありませんが、Softube Console1にみられるDriveパラメータも、根底にある考えは同じであると想像します。
SSL製のプラグインと似たようなパラメータ群ではあるものの、bx_consoleの場合、おそらくトラック数が多いほど、比較的素早くかつ無条件に「それっぽい音」に仕上がるでしょう。反面、ミックスが進んでからサウンドの方向性に違和感を覚えたり、あるいは一部トラックの変化がToo muchであると感じても戻ることは容易ではありません。大きく音を作り込んだあとでbx_console自体がもたらす音色変化自体を回避しようとすると、EQやコンプによる音作りを別のプラグインでまた一から作り直すことになります。
多数のトラックに使用する汎用の成型ツールと考えたとき、どのチャンネル・ストリップを採用するべきかは、やはり音質以前に、得意とするワークフローによって決まることになるかと思います。
SSL Native Channel Strip 2の利点
ここまではプラグイン単体でみたときの用途にフォーカスしてきましたが、SSL Native Channel Strip 2には、ほかの類似製品にない利点がいくつかあります。これらのいずれもまた、ワークフローと深い結びつきのある点ばかりです。
SSL 360を併用する
SSL Native Channel Strip 2の特徴として、メーカが別途提供中の無料アプリケーション “SSL360”と組み合わせて使用できます。これによりコンソールさながらに、プラグインの全インスタンスの、ほぼすべてのパラメータを単一画面に表示し操作することができます。
前述のようにチャンネル・ストリップ式のプラグインには、複数のウィンドウを往復することなくトラックにまつわる全パラメータに一度にアクセスできるという利点があります。SSL 360を併用した場合、ディスプレイの横幅さえ許せば(プラグインが管理しないPANやトランスポートという例外はありますが)セッション中のすべてのパラメータに瞬時にアクセスできるようになります。
これもやはり、時間短縮につながるだけでなく、サウンドに集中することを妨げかねない思考の中断の低減が期待できます。
ただし、この機能について少しばかり難点があるとすれば、画面サイズの問題があるかもしれません。筆者のWindows10上ではフルHDで上下表示がギリギリで見切れてしまいます。ウィンドウをうまく配置すれば縦スクロールはほぼ必要ありませんので実用上はおそらく問題ありませんが、やはり収まりの悪さは否定できません。技術的にはウィンドウ上端のバーを非表示にして、完全なフルスクリーン表示での動作は可能なはずですので、もうひと踏んばりしてほしかったところです。
また、これも他社製のアプリケーションを使用した経験から想像するところではありますが、おそらくDAWのトラック・カラーをプラグイン経由で取得することは可能なはずですので、これをSSL 360上の表示にも反映できれば視認性はもう一段向上するものと思われます。
これらは今後のアップデートに期待したいところです。
フィジカル・コントローラ UC1を併用
もうひとつ、SSL Native Channel Strip 2 の特徴として、同社製コントローラ UC1への対応があります。(本来であればSSL Native Channel Strip2の中心にして最大のウリなのでしょうが、おそらく本稿の読者のうち特定のプラグイン専用のフィジコンに10万円前後を投じる方は少数と思われますので、最後に記しました。)
この専用コントローラを使用すると、基本的にはプラグインのUIと同等の操作を、画面を見ることなく行えます。手垢にまみれた表現を借りれば「直感的な操作ができる」ということになりますが、実際、すべてのパラメータに一度にアクセスできることがチャンネル・ストリップを使う大きな利点であるのと同様に、卓上の決まった場所に手を伸ばせば望みのパラメータが操作できることが保証されていると、それだけで意識的、無意識的に考えなければならないことが減り、音に集中しやすくなるものと想像します。
ただし、やや手厳しい評価になりますが、同様に専用コントローラをともなうチャンネル・ストリップ・プラグインとして代表的なSoftube Console1が各種コンソールのエミュレーションを提供しており、さらにWeiss DS-1mk3といったほかの同社製プラグインとの連携ができることを考えますと、現在のところSSL製のコントローラはあまり使い回しが効かない感は否めません。
総評
ミックスを開始するにあたり、まずはフェーダとPANだけでおおまかなバランスを取ってから細部に取り掛かるというアプローチはそれなりに一般的なのではないかと想像します。
これをさらに一歩進めて、トラック間の相対的な占有帯域やダイナミクスの基本的な成型も最初にまとめて面倒をみて、細かいFX処理はその後で加えていくというアプローチも可能かとは思います。すでにそのような手法に慣れた方、あるいはこれから試してみたいというかたにとって、SSL Native Channel Strip 2とSSL 360の組み合わせは、ミックス初期でバランスを組む作業効率を大きく上げるツールになりうるかと思います。特にDAWのタイムラインとは別にSSL 360を単独で立ち上げるための2枚目、3枚目のディスプレイをお持ちの方は、試用期間を活用してぜひ一度感触を確かめていただければと思います。
最後に、今回はワークフローの利点という比較的普遍的な側面にフォーカスしましたが、他のSSLエミュレーションの操作に慣れたもののDynamicsセクションをやや物足りないと感じられた方にとっても、本製品のコンプ/ゲートは良い代替品になるのではないかと思います。
長所
- クリーンで使いやすいトラックの基本成型ツール
- 視認性が高く、洗練された配置のGUI
- SSL 360併用時の優れた作業性(専用モニタがあればなお良し)
- モジュールの接続順が、(無駄に)実機に忠実なエミュレーションよりも解りやすい
短所
- SSL360が12Gen Intel非対応?(※近日対応予定とのこと)
- SSL360 の視認性は多少改善の余地あり
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